アガサ・クリスティーおすすめ、最初の一冊の選び方 ―ポアロ・マープル・ノンシリーズ、タイプ別にどれから読むか
「ミステリの女王」クリスティーは作品が多すぎて迷いがち。ポアロ・マープル・ノンシリーズの3系統から、あなたに合う最初の一冊を案内します。
「クリスティーを読んでみたい。でも作品が多すぎて、どれからか分からない」——“ミステリの女王”を前に、誰もが最初につまずくのがこの壁です。
答えは、思うよりずっとシンプル。クリスティーの長編は、大きく ①名探偵ポアロ ②ミス・マープル ③ノンシリーズ の3系統に分かれます。あとは、あなたの気分に合う入口を選ぶだけ。タイプ別に、最初の一冊をご用意しました。
こんな読者のための作家です
- 一度はミステリの「原典」に触れておきたい
- 映像で見た名作を、活字で味わい直したい
- どれを選んでも間違いのない、絶対の安心銘柄がほしい
以下、仕掛けには指一本触れていません。安心してお読みください。
アガサ・クリスティーとは
1890年、英国生まれ。70作に迫る長編を遺し、その著作の累計発行部数は「聖書とシェイクスピアに次ぐ」とまで称される、文字どおり世界一売れた小説家です。卵形の頭を持つベルギー人探偵エルキュール・ポアロと、英国の田舎に住む老婦人ミス・マープル——二人の不滅の名探偵を生み出したのも、彼女の筆でした。
まず1冊だけ選ぶなら
系統で迷うより、まずは“間違いない一冊”から。タイプ別の入口は、下の表のとおりです。
| あなたのタイプ | 最初の一冊 |
|---|---|
| とにかく最高傑作を | そして誰もいなくなった |
| 華やかな名探偵が好き | オリエント急行の殺人(ポアロ) |
| 穏やかな人間ドラマを | 予告殺人(マープル) |
迷ったら、『そして誰もいなくなった』。シリーズの予備知識ゼロで飛び込め、しかもクリスティー最高傑作との呼び声も高い——入門と頂点を同時に味わえる、贅沢な一冊です。
そして誰もいなくなった(1939・ノンシリーズ)
デヴォン州の沖に浮かぶ兵隊島へ、十人の男女が招かれます。互いに面識はなく、手にしている招待状の文面もそれぞれ違う。ハーレー街の医師、威厳ある判事、無骨な刑事、信心深い老嬢、老将軍、神経質な秘書——年齢も職業も重ならない顔ぶれです。ところが屋敷に着いても、招いたはずのオーエン夫妻は姿を見せません。主のいない邸宅で初対面の挨拶をかわしたその晩、食卓に奇妙な声が響き、居合わせた一人ひとりの名を挙げて過去の罪を暴き立てていきます。
入門の一冊目にこれを挙げるのは、シリーズ探偵がいないからです。ポアロもマープルも出てこないので、前の巻を読んだかどうかを気にせずに飛び込める。どこから入ろうか迷っている人にとって、これほど身軽な入口はありません。書いた本人にとっては逆で、看板の名探偵に頼らず一篇を組み上げる仕事は、すでに頂点にいた作家が「あまりに難しく、それゆえに強く惹きつけられた」と振り返るほどの挑戦でした。世界累計1億部超。何も知らずに最初のページを開ける幸運がまだ手元にあるなら、使う先はここです。
① 名探偵ポアロから入る
灰色の脳細胞を誇るベルギー人探偵。華やかな舞台と、鮮やかな幕切れが身上です。事件そのものの面白さで引っ張りたい人は、この系統から。
- オリエント急行の殺人(1934)― 雪の寝台列車という名舞台。映像化も多く、入りやすさは随一。 ▶ レビュー »/Amazon »
- アクロイド殺し(1926)― ミステリ史を二分した、語り口の革命。ポアロ初体験にも。 ▶ レビュー »/Amazon »
- ナイルに死す(1937)― 豪華客船を舞台にした、旅情ミステリの代表格。 ▶ レビュー »/Amazon »
- スタイルズ荘の怪事件(1920)― デビュー長編にしてポアロ初登場作。灰色の脳細胞とヘイスティングスの呼吸は、ここですでに完成しています。 ▶ レビュー »/Amazon »
- ABC殺人事件(1936)― 「ABC」と署名された予告状が届き、アルファベット順に事件が起きる。挑戦状型・見立て連続殺人の古典。 ▶ レビュー »/Amazon »
② ミス・マープルから入る
英国の片田舎に住む老婦人が、村で培った人間観察の知恵で難事件を解く。穏やかな筆致と、滲み出る人間ドラマを好む人に。
予告殺人(1950)
戦後まもない英国の架空の村チッピング・クレグホーン。配給の記憶がまだ生々しい、穏やかな田舎の共同体です。ある朝、村人たちが手にした地方紙の個人広告欄に、場違いな数行が紛れ込んでいました。「殺人をお知らせ申しあげます。十月二十九日金曜日、午後六時三十分より、リトル・パドックスにて」。たちの悪いいたずらか、風変わりな招待状か。半信半疑のまま好奇心に負けた村人たちは、その夕刻、名指しされた屋敷へ足を向けます。
マープルから入るならこの一冊です。村という共同体の手ざわりが、シリーズでもっとも濃い。時計が六時半を打った瞬間、灯りがふつりと落ち、闇のなかで銃声が轟く。予告があり、人が集まり、そして本当に何かが起きる。導入の鮮やかさは長く語り継がれてきました。捜査にあたるのはクラドック警部。ミス・マープルは中盤からおもむろに姿を現します。老婦人の人間観察の知恵は、顔なじみばかりの小さな社会でこそ本領を発揮します。クリスティ生涯50作目の記念として1950年に刊行された、マープル物の最高峰です。
- 書斎の死体(1942)― 「うちの書斎に死体があるのよ」。探偵小説の常套句を、確信犯的に逆転させた一作。 ▶ レビュー »/Amazon »
- パディントン発4時50分(1957)― 並走する列車の窓越しに目撃された殺人。発端の鮮やかさが光ります。 ▶ レビュー »/Amazon »
読む順番に、決まりはある?
ポアロもマープルも、基本的にどの巻から読んでも大丈夫です。探偵の人となりさえ掴めば、どこからでも楽しめます。気になった舞台やあらすじから手に取ってください。
ただし、例外が二つあります。ポアロの『カーテン』とマープルの『スリーピング・マーダー』は、どちらも探偵の最後の事件として書かれた作品で、必ずシリーズの最後に読んでください。また、シリーズ全体を追うつもりなら、第1作の『スタイルズ荘の怪事件』と『牧師館の殺人』から始めるのが自然です。刊行順の全巻一覧は、次の二つの特集にまとめました。
よくある質問
Q. ポアロとマープル、どちらから読むべき?
A. 派手な事件と名探偵の活劇が好きならポアロ、人間模様とさりげない観察を味わいたいならマープル。気分で選んで大丈夫です。
Q. 全部読むなら、どの順番?
A. 厳密な順序は不要ですが、第1作から入り、『カーテン』『スリーピング・マーダー』を最後に残すのが基本です。刊行順の一覧はポアロ・マープルの特集をご覧ください。
Q. 古い作品だけど、いま読んでも面白い?
A. ご心配なく。プロットの強度は時代を超えます。新訳も多く、初めての読者にも読みやすい環境が整っています。
一世紀近く前に書かれた物語が、いまも世界中で読まれ続けている。その理由は、最初の一冊を閉じた瞬間に、きっと腑に落ちるはずです。
本ページのリンクは Amazon アソシエイト・プログラムにより収益を得ています。
アガサ・クリスティーの作品一覧
この特集のタグ
関連する特集
人生経験が謎を解くおばあちゃん探偵たち ―マープルから木曜殺人クラブまで、高齢探偵ミステリ13選
派手なアクションはなくとも、長い人生で培った観察眼が真実を見抜く。マープルから木曜殺人クラブまで、円熟の名探偵たちを紹介します。
ホームズとその後継者たち ―原典のどれから読むか、公認続編まで
すべての名探偵の原点、シャーロック・ホームズ。原典のどれから読むか、そして現代によみがえった公認続編まで。ホームズの世界の歩き方を案内します。
天才で変人。一癖ある名探偵たち ―ホームズから現代の異才まで、変人探偵の海外ミステリー
常識外れの観察眼、奇矯な振る舞い、ずば抜けた頭脳。ベイカー街の元祖から黄金期の巨人たち、現代の異才まで、一癖も二癖もある“変人探偵”が活躍する海外ミステリーを厳選しました。
屋敷そのものが謎 館・洋館ミステリ ―カントリーハウスから孤島の館まで、おすすめ8冊
古い洋館、呪われた城館、孤島の屋敷。建物そのものが謎をはらむ「館もの」ミステリの傑作を、英国のカントリーハウスから孤島の館まで集めました。

