ミステリーとしての読みどころ
傲慢で美貌の愛妾を連れて、族長が家に帰ってきます。その日を境に、ナイル河畔の一族の暮らしは静かに軋みはじめる。
『死が最後にやってくる』は、紀元前二千年の古代エジプトを舞台に据えた、アガサ・クリスティーの異色作です。舞台は途方もなく遠い。
それなのに、そこで起きていることには、驚くほど見覚えがあります。
著者について
クリスティーの長い作家歴のなかでも、この一作の立ち位置は際立っています。全長編のうち、二十世紀を舞台にしないのは本書だけ。
ヨーロッパ人が一人も登場しないのも、本書だけです。探偵小説が寄りかかってきた同時代の風景をまるごと手放して書かれた、ただ一度きりの試み。
しかもそれは余技には終わりませんでした。歴史小説とフーダニットを長編で本格的に結びつけた先駆けとされ、のちに「歴史ミステリ」と呼ばれることになるジャンルの源流に、本書は置かれています。
1944年の発表。背景には、考古学者の夫マックス・マローワンとともに過ごした中東での日々がありました。
異色作という言葉には、どこか余白の実験めいた響きがつきまといます。けれど本書の場合、その一回きりの選択こそが、のちに一つのジャンルの扉を開けることになりました。
物語の入り口
舞台はナイル河畔の都テーベ。神官の家に、娘のレニセンブが戻ってきます。
物語は彼女の目を通して進みます。多くのミステリのように、死体の発見から幕が上がるのではありません。
まず読者に差し出されるのは、この一家の日々の営みです。家のなかに流れている空気、口には出されないまま行き交うもの、たがいの距離の取りかた。
レニセンブの視線が届く範囲で、一族の輪郭が少しずつ姿を見せていきます。時代も土地も途方もなく遠いのに、そこにあるのは、どの家にもありうる種類の緊張です。
読者は腰を落ち着け、いつのまにかこの家の一員のような心もちで、次の頁をめくることになります。
そこへ、族長が帰ってきます。連れているのは、傲慢で美貌の愛妾ノフレト。
彼女が家に入ったその日から、一族の均衡は崩れはじめます。反目が生まれ、憎しみが芽を出す。
誰かが誰かを許せなくなり、行き場のない感情が家のなかに溜まっていく。事件はまだ何も起きていません。
それでも、家の温度がひと目盛りずつ下がっていくのが、はっきりと伝わってきます。しかもレニセンブは、外から戻ってきたばかりの人です。
変わりゆく空気にいちばん敏感な位置に立つ彼女のかたわらで、読者もまた、この家がじりじりと傾いていくのを、止めようもなく見ているほかありません。何かが起きる前の、あの重い時間だけが引き延ばされていきます。
そして、ノフレトが崖の小径から謎の転落死を遂げます。これで平和が戻ってくるかに思われた——けれど、静けさは長くは続きません。
そこから先に待っているのは、紀元前二千年のナイル河畔で起きた恐るべき惨劇です。あれほどゆっくりと張りつめていった糸が、いよいよ音を立てて切れる。
書名がすでに、静かに何かを告げています。
読みどころ
読みどころは、紀元前二千年の一家が、少しも古びない顔つきで立ち上がってくるところです。 暮らしの作法も、信じているものも、いま生きている世界とは違います。
それでも、家のなかの序列、寵愛の偏り、外から入ってきた者への反発——そうしたものは、時代の衣装を替えただけの、見慣れた形をしている。舞台の遠さは飾りではなく、むしろ人の感情を裸にするための装置として働きます。
文明の細部が違うぶん、変わらないものだけがくっきり残るのです。
もうひとつは、この作品が立っている場所そのものです。歴史ミステリはいまや大きな棚を占めるジャンルですが、その入り口に置かれた長編のひとつが本書でした。
過去の時代に謎解きを持ち込んでも、物語は緩まない——それを実作で示した一冊だと考えると、読み味はいっそう味わい深くなります。あとから振り返れば当たり前に見える発明ほど、最初にやってのけた人の勇気は見えにくくなるもの。
誰もまだ地図を持っていなかった場所へ、この作家が単身踏み出したのだと思うと、なかなか痛快ではありませんか。
異国の空気ごと物語に浸りたい読者、そして閉じた共同体のなかで人の感情が濁っていく過程を読むのが好きな読者には、迷わず薦められます。歴史ミステリという流れの源をたどってみたい読者にも。
逆に、捜査の手順を一歩ずつ追いかける展開を期待すると、本書の呼吸はいくらか違って感じられるかもしれません。慣れない名前や暮らしぶりに、最初のうちは戸惑うこともあるでしょう。
ただ、レニセンブという案内役がずっとそばにいるので、読者が置き去りにされる心配はありません。
手に取るなら
現在手に取るなら、ハヤカワ・クリスティー文庫で読めます。クリスティーの他の作品を読んでいる必要はまったくなく、本書だけを単独で開いて差し支えありません。
むしろ、この作家について抱いている像を一度脇に置ける一冊として、ここから入るのも悪くない選択です。はるかな時の隔たりを越えて届く、一族の物語。
数ある作品のなかでも、これほど遠くへ連れていってくれるものはほかにありません。