ミステリーとしての読みどころ
霧の夜のロンドンで、一人の神父が撲殺されます。それだけなら、大都会の片隅で起きた痛ましい事件のひとつだったかもしれません。
ところが亡骸の靴の中から、九人の名を書き連ねた紙片が出てくる。そして、そこに並んだ名前のうち数人が、すでにこの世にいないと分かるのです。
『蒼ざめた馬』は、この不穏な一枚の紙を入口に、黒魔術めいた噂の立ちこめる土地へと読者を連れ出していく物語です。
著者について
署名はアガサ・クリスティー。発表は1961年。
日本でも翌1962年には早くも翻訳が刊行され、現在は2004年刊の新訳で読み継がれています。黄金期の英国ミステリの薫りをまといながら、なんとも尋常ではない題材を正面から抱え込んだ一作です。
その題材とは、こうです。古い館に暮らす三人の女が、魔法によって人を呪い殺せると噂されている——ふつうなら怪奇小説の看板に掲げられそうな道具立てを、クリスティーは謎解きの物語のまんなかに据えました。
出版社の紹介文がこの作品を「不思議な物語」と呼んでいるのは、いかにも言い得ています。うっすらと怪しい気配と、事件をひとつずつときほぐしていく手続き。
その両方が、同じ一冊のなかで隣り合っているのです。
物語が動き出すのは、先に触れた霧の夜のロンドンです。撲殺された神父。
そして、その靴の中から見つかる紙片。書かれていたのは、ただ九つの名前だけでした。
靴の中、というのがまず引っかかります。鞄でも上着の内ポケットでもなく、履き物のなか。
そこは、誰の目にも触れさせたくないものを人が押し込む場所でしょう。ただの覚え書きにしか見えない一枚を、なぜそこまでして隠さねばならなかったのか。
持ち主はもう、何も語ってはくれません。名簿だけが残されます。
ところがその名簿は、やがてまるで違う顔を見せはじめる。そこに名を連ねた人々のうち、数人がすでに死亡しているという事実が浮かび上がってくるのです。
この事実にとらわれてしまうのが、歴史学者で著述家のマーク・イースターブルックです。彼は警察官でもなければ、私立探偵でもありません。
事件を追う職業も権限も持たない一人の学者が、名前と死がそっけなく並んだその重さに気づいてしまい、自分の足で調べはじめる。手にしているのは肩書ではなく、ただ関心だけ。
読者はその肩越しに、噂話と事実の境目がひどく曖昧な場所へ、一歩ずつ踏み込んでいくことになります。
そしてマークが行き着くのが、田舎に建つ古い館〈蒼ざめた馬〉です。そこには三人の女が暮らしていて、彼女たちは魔法で人を呪い殺すことができる——そんな噂が、あたりでひそやかに囁かれている。
書名にも掲げられたこの館の名前が、物語の空気を決定づけます。ロンドンの霧、靴の中の紙片、九つの名前、そして館にまつわる噂。
ばらばらに見えるこれらの断片が、いつか一枚の絵に収まる日が来るのかどうか。序盤のマークが持っているのは、確かめようのない噂と、確かに起きてしまった死だけです。
この心もとなさが、そのまま先を読む力に変わっていきます。
読みどころ
読みどころは、うそ寒い噂の湿り気と、謎をほどいていく手続きとが、ひとつの物語のなかで隣り合っているところです。 オカルトめいた題材を扱う小説は、ともすれば雰囲気だけで終わってしまいます。
本作はその気配を十分に立ちこめさせながら、同時に、名前と死という動かしがたい事実を一つずつ確かめる手つきも手放しません。読者は、自分がいまどちらの物語を読んでいるのか——薄気味わるい言い伝えのなかにいるのか、それとも動かぬ事実を追う調べもののなかにいるのか——を決めかねたまま、ページをめくっていくことになります。
その宙づりの心地よさが、この作品の忘れがたい持ち味です。
もうひとつ、探偵役が学者であることの効き目も見逃せません。捜査の権限を持つ者が事件を追えば、話は制度の側から進みます。
ところがマークは、いち市民として噂に近づくほかない。読者にとって、これは事件を眺める高さがぐっと下がるということです。
専門家の背中を仰ぎ見るのではなく、同じ目の高さの人物と一緒に、うさんくさい話を聞かされる。噂を耳にしたときの落ち着かなさが、そのまま読者の落ち着かなさになる。
1961年の作品でありながら、この体感の近さは少しも古びていません。
田舎の土地に貼りついた不気味な言い伝え、囁かれる噂、いわくありげな館——そうしたものに心惹かれる読者には、これ以上ない一冊でしょう。逆に、現場と証言と容疑者が整然と並ぶ、乾いた論理の応酬だけを求めて開くと、本作の漂わせる湿り気は余分に見えるかもしれません。
けれども、その湿り気こそが『蒼ざめた馬』の顔です。謎を追う手応えと怪しげな気配、そのどちらか一方ではなく両方を同時に味わえる作品は、そう多くありません。
にぎやかな昼間より、外の物音が遠のいた夜更けに、ひとりで開くのが似合う物語です。
手に取るなら
現在手に取るなら、早川書房のハヤカワ・クリスティー文庫です。新訳で読める環境が整っており、はじめてクリスティーに触れる方でも身構える必要はありません。
半世紀以上前の作品ですが、霧の夜に始まるこの物語の入り口は、いま読んでもきちんと不穏です。怪奇の気配をまとった謎解きという、少し変わった夜の読書を探しているなら、迷わず開いてみてください。