ミステリーとしての読みどころ
海を見下ろす館で、金持ちの老婦人が殺される。ふつうの謎解きミステリなら、そこが物語の出発点です。
ところが『ゼロ時間へ』では、その殺人が本のなかほどまで訪れません。事件は終わりでも始まりでもなく、長い助走の果てにたどり着く一点として置かれている。
人の命を奪う魔の瞬間——「ゼロ時間」。綿密で周到な計画は、その一点へ向けて着々と進行していきます。
読者は最初のページから、そのただなかに立たされることになるのです。
著者について
アガサ・クリスティーの名は、黄金期の英国ミステリそのものと分かちがたく結びついています。数ある作品のなかで、1944年に発表された本作はいささか変わった位置に立つ一冊。
出版社の紹介文は、これを「ミステリの常識を覆したと高い評価を得た野心作」と呼んでいます。とはいえ、看板の派手な一作ではありません。
舞台は海辺の館、犠牲になるのは年老いた資産家の女性という、いかにも黄金期らしい道具立て。あらすじをなぞるかぎり、そこには古典的な英国ミステリの顔しか見えないでしょう。
発表から長い年月を経たいまも、本作はハヤカワ・クリスティー文庫の一冊として、新しい読者のもとへ届き続けています。
舞台となるのは、海を望む館ガルズ・ポイント。その主は、レディ・トレシリアンという裕福な老婦人です。
晩夏の海辺、潮の匂いを含んだ空気、老婦人が長く暮らしてきた広い家——絵に描いたように平穏な、英国の夏の情景。そこから物語は静かに歩き出します。
ページをめくっても、しばらくのあいだ、事件らしい事件は起こりません。ただ、海を背にした館の日常が続いていく。
ミステリを読み慣れた目には、この平穏はいささか長すぎるように映るかもしれません。何かが起こるはずだと分かっているのに、それがいつ、どんな形で訪れるのかだけが伏せられている。
その宙ぶらりんな時間こそ、本作の入り口です。
やがて、静けさのただなかで残忍な殺人が起こります。命を奪われるのは、館の主であるその老婦人。
真っ先に浮かぶのは、金目当ての犯行という筋書きでしょう。裕福な老女が、その富ゆえに手にかけられた——ありふれていて、それなりに納得もいく説明。
並のミステリであれば、ここから物語が転がりはじめ、その筋書きの当否をめぐって話が進んでいくところです。ところが、それは恐るべき殺人計画の、ほんの序章にすぎませんでした。
この作品で本当に進行していたのは、もっと長く、もっと綿密な何かだったのです。すべては「ゼロ時間」と呼ばれる一点へ向けて、着々と組み上げられていた。
殺人が中盤に置かれている。それは裏を返せば、そこに至るまでの時間もまた物語の本体だということです。
前半、読者は事件を追いかける側にいるわけではありません。では、どこに立っているのか。
何がどこへ向かっているのかを知らされないまま、まだ何も起きていない家に滞在し、風景の一部として時間をやり過ごす位置です。そして読み進めるうちに、自分が眺めていた穏やかな時間の意味が、少しずつ変わって見えてくる。
本作を読む体験は、そういう形をしています。
読みどころ
読みどころは、謎解きの興味とサスペンスの緊張が、ひとつの構造のなかを同時に走っていくところです。 通常の謎解きミステリでは、死体が転がってはじめて読者の推理が始まります。
本作にはその前に長い時間が横たわっていて、読者はそこでも目を凝らさずにいられない。「ゼロ時間」という言葉が与えるのは、避けがたい一点へ向けて距離が縮んでいく感覚です。
まだ何も起きていないはずのページが、静かに張り詰めていく。そして事件が起きたあとには、当然のように謎解きの時間が待っています。
性格の異なる二種類の緊張を、ひとつの長編で続けて味わえるのですから、これはずいぶん贅沢な作りだと言えます。
古典と呼ばれる作品のなかには、歴史的な意義を確かめるために読むものも少なくありません。この一冊は違う。
いま開いても、平明な筆致でぐいぐい読ませる力を保っています。
一方で、死体の発見から一気に走り出す物語を求める読者には、前半の静けさがもどかしく映るかもしれません。派手な開幕は用意されていない。
逆に、じわじわと張り詰めていく時間そのものを味わえる読者、海辺の館と老婦人という黄金期の空気を好む読者、そしてクリスティーをすでに何冊か読んでいて、この作家の引き出しの広さを確かめたい読者には、迷わず薦められる一冊です。最初の一冊に選ぶよりも、二冊目、三冊目として手に取るとき、その面白さがいっそう際立つ種類の作品でもあります。
手に取るなら
現在手に取るなら、ハヤカワ・クリスティー文庫。原題は Towards Zero——直訳すれば「ゼロに向かって」です。
読み終えてからタイトルを眺め直すと、この題そのものが作品の設計図だったことに気づかされるはず。1944年の一作が、いまなお新鮮に読めること。
それが、この野心作にとっていちばん確かな評価なのだと思わされます。