名探偵ポアロを読む順番 ―全33長編の刊行順一覧と、最初の一冊・最後の一冊の決まり
エルキュール・ポアロの長編は全33作。刊行順の一覧と、『スタイルズ荘の怪事件』から入って『カーテン』で終える理由、途中は自由に選ぶための節目の作品を、仕掛けに触れずに案内します。
エルキュール・ポアロが登場する長編は、1920年の『スタイルズ荘の怪事件』から1975年の『カーテン』まで、全33作。半世紀にわたって書き継がれたシリーズなので、どこから読むか、どの順で読むかは、誰もが一度は迷います。
結論から言えば、決まりは二つだけです。最初は『スタイルズ荘の怪事件』、最後は『カーテン』。 そのあいだの31作は、気になった舞台から自由に選んで構いません。このページでは、まず33作の刊行順を一覧にし、次に「最初と最後」を守るべき理由を説明し、途中で迷わないための節目の作品を紹介します。
こんな読者のための一冊たち
- ポアロを一冊読んで面白かったので、次にどれを読むか決めたい
- 全部読むつもりなので、抜けのない刊行順の一覧がほしい
- 『カーテン』が気になるが、いま読んでいいのかわからない
以下、仕掛けには指一本触れていません。安心してお読みください。
全33長編の刊行順 早わかり
年は原書の刊行年です。
| 順 | 書名 | 原書年 | ひとこと |
|---|---|---|---|
| 1 | スタイルズ荘の怪事件 | 1920 | デビュー長編。ポアロ初登場 |
| 2 | ゴルフ場殺人事件 | 1923 | 北フランスが舞台。ジロー警部と対決 |
| 3 | アクロイド殺し | 1926 | ミステリ史に残る一作 |
| 4 | ビッグ4 | 1927 | 犯罪組織との対決を描く異色作 |
| 5 | 青列車の秘密 | 1928 | 寝台列車の宝石殺人 |
| 6 | 邪悪の家 | 1932 | コーンウォールの屋敷 |
| 7 | エッジウェア卿の死 | 1933 | ロンドン社交界 |
| 8 | オリエント急行の殺人 | 1934 | 雪原で止まった国際急行 |
| 9 | 三幕の殺人 | 1934 | 舞台劇のような三幕構成 |
| 10 | 雲をつかむ死 | 1935 | 旅客機の客室で起きる事件 |
| 11 | ABC殺人事件 | 1936 | 予告状と見立て連続殺人 |
| 12 | メソポタミヤの殺人 | 1936 | イラクの発掘現場 |
| 13 | ひらいたトランプ | 1936 | 容疑者4人、探偵4人 |
| 14 | もの言えぬ証人 | 1937 | 遅れて届いた手紙と一匹の犬 |
| 15 | ナイルに死す | 1937 | ナイル川の観光蒸気船 |
| 16 | 死との約束 | 1938 | ペトラ遺跡と専制的な母 |
| 17 | ポアロのクリスマス | 1938 | カントリーハウスの密室 |
| 18 | 杉の柩 | 1940 | ポアロ初の法廷劇 |
| 19 | 愛国殺人 | 1940 | 歯科医の死とマザーグース |
| 20 | 白昼の悪魔 | 1941 | 陽光の砂浜のアリバイ崩し |
| 21 | 五匹の子豚 | 1942 | 16年前の事件を証言だけで再構成 |
| 22 | ホロー荘の殺人 | 1946 | プールサイドの射殺、拳銃を握る妻 |
| 23 | 満潮に乗って | 1948 | 戦後英国の村 |
| 24 | マギンティ夫人は死んだ | 1952 | 古い切り抜きから村の過去へ |
| 25 | 葬儀を終えて | 1953 | 葬儀の席のひと言から |
| 26 | ヒッコリー・ロードの殺人 | 1955 | 学生寮の脈絡ない盗難 |
| 27 | 死者のあやまち | 1956 | 「殺人事件ハント」の最中に |
| 28 | 鳩のなかの猫 | 1959 | 名門女学校とスパイスリラー |
| 29 | 複数の時計 | 1963 | 4時13分で止まった時計 |
| 30 | 第三の女 | 1966 | スウィンギング・ロンドン |
| 31 | ハロウィーン・パーティ | 1969 | 少女の「殺人を見た」という言葉 |
| 32 | 象は忘れない | 1972 | 執筆順では最後のポアロ長編 |
| 33 | カーテン | 1975 | ポアロ最後の事件。必ず最後に |
読み方の決まりは二つだけ
一つ目。最初は『スタイルズ荘の怪事件』から。 全員が認める最高傑作というわけではありません。円熟期の作品と読み比べれば、語り口には初々しさも残ります。それでも、ポアロとヘイスティングスの呼吸、灰色の脳細胞、英国カントリーハウスでのフェアプレイの謎解きという型は、この一冊ですでに骨格ができています。シリーズが「ここから始まる」空気を、最初に浴びておく意味は大きい。
二つ目。『カーテン』は必ず最後に。 舞台は『スタイルズ荘の怪事件』と同じスタイルズ・コート。語り手はヘイスティングス。クリスティーが1940年代に書き上げ、30年以上銀行の金庫に眠らせたうえで、自身の死の前年に刊行した「ポアロ最後の事件」です。刊行時にはニューヨーク・タイムズが一面でポアロの死亡記事を掲載しました。シリーズを通して読んできた人にこそ届くように書かれた終幕なので、途中で手に取ると、その重みを受け取れません。
この二つを守れば、あいだの31作はどこから読んでも支障はありません。各作は独立した事件で、前作を知らないと分からない筋はほぼないからです。順番に迷ったら、次の節目の作品から選んでください。
途中で迷ったら ―節目の7作
スタイルズ荘の怪事件(1920・第1作)
第一次大戦下の英国カントリーハウス、スタイルズ荘。戦傷で前線から送り返されたヘイスティングス大尉が、旧友に招かれて療養に訪れます。屋敷の女主人イングルソープ夫人は、年若い男と再婚したばかり。ある夜、夫人が毒を盛られて落命し、嫌疑は屋敷の人々へ向かいます。そこで表舞台に出てくるのが、近くの村に避難民として身を寄せていた元ベルギー警察の名探偵、ポアロです。
執筆は1916年ごろ。当時のクリスティーは病院薬局で働いており、そこで得た薬の知識が事件の骨組みに反映されています。6社に断られた末に刊行されたデビュー作で、シリーズ全体の出発点です。
アクロイド殺し(1926・第3作)
英国の田舎町キングズ・アボット。資産家ロジャー・アクロイドが屋敷の書斎で刺殺され、村の医師シェパードの視点で物語が語られます。引退して村に滞在中のポアロが、シェパードと組んで調査に乗り出す。1926年の刊行時に英国ミステリ界で賛否両論を巻き起こし、100年経ったいまもミステリ史で必ず名前が挙がる一冊です。
村社会の閉鎖性と噂話の網の目が冴えており、村落本格としても一級品。シリーズ初期で「ポアロもの」の面白さを一気に確かめたいなら、ここです。
オリエント急行の殺人(1934・第8作)
真冬の欧州を走る国際寝台急行が雪原で立ち往生し、翌朝、いわくありげなアメリカ人富豪ラチェットが客室で刺殺体となって発見されます。偶然乗り合わせたポアロが、外界から隔絶された車内で捜査に乗り出す。クリスティー自身がお気に入り10作に挙げた代表作で、映像化も多く、シリーズでもっとも知られた一冊でしょう。
走る列車の一輌ぶんという舞台の分かりやすさは随一。刊行順を気にせず、まず有名作を一冊という人はここから。
ABC殺人事件(1936・第11作)
「ABC」と署名された予告状がポアロのもとに届き、アンドーヴァーでAの頭文字を持つ女性、ベクスヒルでBの頭文字を持つ女性と、町と被害者の頭文字をそろえた事件がアルファベット順に起きていきます。各現場には『ABC鉄道案内』が一冊ずつ残され、犯人はポアロを名指しで挑発する。語り手はヘイスティングス、ジャップ警部も加わる、おなじみの顔ぶれです。
「serial killer」という言葉すら普及していなかった時代に、連続殺人というモチーフを本格の器で成立させた先駆として、世界中で繰り返し参照されてきました。
ナイルに死す(1937・第15作)
舞台はエジプト、ナイル川を航行する観光蒸気船カーナック号。若く美しい相続人リネットが、かつての友人の婚約者だったサイモンと結婚したばかりで、その経緯を抱えたままハネムーンの船旅に出ます。休暇中のポアロが乗り合わせるなか、船上でリネットが射殺体で発見される。クリスティー自身が1933年に夫とナイル川クルーズを体験しており、その旅の記憶が舞台描写に色濃く滲んでいます。
中期の代表作にして、旅情ミステリの代表格。舞台の華やかさで選ぶなら、オリエント急行と並ぶ二枚看板です。
五匹の子豚(1942・第21作)
16年前、高名な画家エイミアス・クレイルが毒殺され、妻キャロラインが有罪判決を受けて獄中で病死した。しかし母は娘カーラに「私はやっていない」と書き残していた。事件はとうに終わり、現場も証拠も失われ、残るのは当時居合わせた5人の記憶だけ。ポアロは童謡「五匹の子豚」になぞらえて5人を訪ね歩き、それぞれの語る「あの日」を重ね合わせていきます。
クリスティー自身が代表作と認めた回想ミステリの金字塔。1940年代以降のポアロは、この作品を境に「過去を掘り起こす」型の傑作が増えていきます。中期から後期へ進む前に、ぜひ。
カーテン(1975・第33作)
老いて体の不自由になったポアロが、自分の目と耳になってほしいとヘイスティングスをスタイルズ・コートに呼び寄せます。ポアロは告げる。過去に起きた五件の殺人すべてに関わった人物「X」が、いまこの屋敷の滞在者のなかにいる。ポアロはXの正体を知っているが、ヘイスティングスには明かさない。Xはまた殺そうとしており、二人は差し迫った殺人を防がねばならない。
これ以上は書きません。ただ一つ、シリーズを読み終えてから開いてください。それだけです。
時代別に、残りの作品を
節目の7作以外も、どれも独立した事件です。舞台や気分で選んでください。
初期(1923〜1928)
- ゴルフ場殺人事件(1923)― 北フランスの海辺の町。パリから派遣されたジロー警部とポアロが、対照的な捜査手法で事件に挑む第2作。 ▶ レビュー »/Amazon »
- ビッグ4(1927)― 世界征服を企む犯罪組織とポアロが対決する、シリーズ屈指の異色作。雑誌連載の短編12編を長編に再編したもの。 ▶ レビュー »/Amazon »
- 青列車の秘密(1928)― 英仏を結ぶ寝台列車で起きる米国人富豪の娘の殺害事件。クリスティー自身が「いつも嫌いな本だった」と振り返る過渡期の一作。 ▶ レビュー »/Amazon »
黄金期(1932〜1938)
- 邪悪の家(1932)― コーンウォール海岸の屋敷。若い女主人の身に続く「事故」の話を、ポアロとヘイスティングスが聞かされるところから。 ▶ レビュー »/Amazon »
- エッジウェア卿の死(1933)― 人気女優が夫との離婚仲介をポアロに依頼した翌朝、卿が自宅で殺害される。ロンドン社交界のフーダニット。 ▶ レビュー »/Amazon »
- 三幕の殺人(1934)― 引退した俳優が主催する晩餐会で、穏やかな村の牧師が急死。題名どおり三幕に分かれて進む舞台劇的な構成。 ▶ レビュー »/Amazon »
- 雲をつかむ死(1935)― パリ発ロンドン行き旅客機の客室で乗客が死亡。後部客室の乗客11名と乗務員だけの、空のクローズドサークル。 ▶ レビュー »/Amazon »
- メソポタミヤの殺人(1936)― イラク北部の考古学発掘現場。語り手は英国人看護師。クリスティーの中東体験が舞台に反映された一冊。 ▶ レビュー »/Amazon »
- ひらいたトランプ(1936)― 4人の容疑者と4人の探偵を一晩のブリッジに招く。オリヴァ夫人がポアロ長編に初登場する、心理推理に振り切った異色作。 ▶ レビュー »/Amazon »
- もの言えぬ証人(1937)― 老婦人の手紙が、書かれてからかなりの時間を置いてポアロに届く。題名の「証人」は屋敷の犬ボブ。 ▶ レビュー »/Amazon »
- 死との約束(1938)― ペトラの赤い岩肌と死海の塩。家族全員に殺意を抱かせる専制的な母を描き切る、中東紀行本格の代表作。 ▶ レビュー »
- ポアロのクリスマス(1938)― 暴君的な老富豪が一族を呼び集めたクリスマス。内側から施錠された部屋での流血の惨劇。 ▶ レビュー »
戦中・戦後(1940〜1948)
- 杉の柩(1940)― 被告人席に立つ女の独白から幕を開ける、ポアロもので初めて法廷劇の構造を導入した一作。 ▶ レビュー »
- 愛国殺人(1940)― ポアロ通いの歯科医が、診察の数時間後に拳銃自殺の姿で発見される。マザーグースの数え歌に乗せた戦時下の長編。 ▶ レビュー »
- 白昼の悪魔(1941)― デヴォン沖の小島のリゾートホテル。陽光の砂浜で元女優が絞殺され、完璧に見えるアリバイをポアロが崩す。 ▶ レビュー »
- ホロー荘の殺人(1946)― 週末の別荘に集まった一族と客。日曜の昼、プールのそばで医師が撃たれ、傍らに拳銃を握った妻が立っていた。人物描写に重きを置いた一冊。 ▶ レビュー »
- 満潮に乗って(1948)― ロンドン空襲で急死した大富豪の財産が若い未亡人に渡り、村の宿に謎の男が現れる。戦後英国の空気を映す隠れた名品。 ▶ レビュー »
後期(1952〜1972)
- マギンティ夫人は死んだ(1952)― 死刑の確定した間借人を「やっていない」と信じる警視が、ポアロに再調査を依頼。オリヴァ夫人が本格参戦。 ▶ レビュー »
- 葬儀を終えて(1953)― 「だってあの人、殺されたんでしょう?」。葬儀の席のひと言を放った末妹が、翌日惨殺体で見つかる。 ▶ レビュー »
- ヒッコリー・ロードの殺人(1955)― ロンドンの学生寮で続く脈絡のない盗難に、ポアロが「邪悪な気配」を嗅ぎ取る。 ▶ レビュー »
- 死者のあやまち(1956)― オリヴァ夫人が筋書きを書いた「殺人事件ハント」で、被害者役の少女が本当に絞殺される。 ▶ レビュー »
- 鳩のなかの猫(1959)― 英国の名門女子寄宿学校に、中東の小国の革命と消えた宝石の影が忍び寄る。 ▶ レビュー »
- 複数の時計(1963)― 4時13分で止まった数個の時計に囲まれた身元不明の死体。ポアロは現場に行かず、紙の上で解く。 ▶ レビュー »
- 第三の女(1966)― 「人を殺したかもしれない」と訪ねてきた若い女性が、「あなたは年を取りすぎている」と去っていく。 ▶ レビュー »
- ハロウィーン・パーティ(1969)― 「殺人を見たことがある」と口走った13歳の少女が、数時間後にリンゴ食い競争の水桶で発見される。 ▶ レビュー »
- 象は忘れない(1972)― 12年前の心中事件の真相を、オリヴァ夫人とポアロが「記憶のいい人々」を訪ねて縫い合わせる。執筆順では最後のポアロ長編。 ▶ レビュー »
短編集について
長編33作のほかに、ポアロの短編集・中編集があります。当サイトで書評があるのは次の2冊です。刊行順に組み込む必要はなく、長編の合間に挟むと息抜きになります。
- 死人の鏡(1937)― 表題作を含む中編四作。短編より腰を据えて読めるポアロもの。 ▶ レビュー »
- ヘラクレスの冒険(1947)― 引退を決めたポアロが、名の由来である英雄の十二の功業になぞらえて最後に手がける事件を選ぶ連作短編集。 ▶ レビュー »
よくある質問
Q. 刊行順に読まないといけない?
A. いいえ。守るのは「最初は『スタイルズ荘の怪事件』、最後は『カーテン』」の二つだけで、あいだの31作は独立した事件です。舞台や気分で選んでください。
Q. 『カーテン』を先に読んでしまったら?
A. 残りの作品を読む妨げにはなりません。ただ、シリーズ最終巻としての重みは、通読した人にしか届きません。まだなら、ぜひ最後まで残してください。
Q. 『象は忘れない』と『カーテン』、どちらが最後?
A. 刊行順では『カーテン』(1975)が最後です。『象は忘れない』(1972)は執筆順で最後に書かれたポアロ長編で、『カーテン』は1940年代に書かれて30年以上封印されていました。読む順番としては、『象は忘れない』のあとに『カーテン』で締めてください。
Q. マープルも同じ決まり?
A. はい。マープルも第1作『牧師館の殺人』から入り、最終作『スリーピング・マーダー』を最後に残すのが基本です。ミス・マープルを読む順番にまとめました。タイプ別に最初の一冊を選ぶならアガサ・クリスティーおすすめ、最初の一冊の選び方もどうぞ。
最初の一冊と最後の一冊さえ決まれば、あとの31作は自由です。半世紀分の事件簿を、スタイルズ荘から始めて、スタイルズ荘で終えてください。
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