現代海外ミステリの最高傑作10選 ―ホロヴィッツ、ディーヴァー、デクスターほか黄金期以後の名作
黄金期より後の現代海外ミステリの最高傑作を、当サイト管理人が10冊選びました。ホロヴィッツ、タートン、ディーヴァー、デクスター、クレイヴンからハレットまで。いま読むべき現代の名作を、仕掛けに触れずに案内します。
黄金期より後、1970年代から現在までの海外ミステリーから、「最高傑作」を10冊選びました。基準は古典の特集と同じくひとつだけ。本格ミステリとして面白いか。売れ行きや知名度ではなく、当サイト管理人が読み込んだうえでの主観の選定です。
10冊には、黄金期の作法を正面から受け継ぐ作品と、その作法に新しい形式を持ち込む作品とが混ざっています。1980年代のオックスフォードから2020年代の英国まで、年代も幅広く取りました。1900年代前半の古典を中心にした傑作は、別の特集「古典海外ミステリの最高傑作10選」にまとめました。古典を読んできた人にも、現代作から入る人にも、手に取る理由のある一冊が見つかるはずです。
こんな読者のための一冊たち
- 古典は一通り読んだので、その後の海外ミステリーの「これだけは」を知りたい
- 古い文章が苦手で、現代の作品から本格ミステリに入りたい
- 話題作が多すぎて、どれが本格として面白いのか見極めてから選びたい
以下、仕掛けには指一本触れていません。どの本も、安心して未読のまま手に取ってください。
10冊の早見表
| 書名 | 著者 | 原書年 |
|---|---|---|
| カササギ殺人事件 | アンソニー・ホロヴィッツ | 2016 |
| イヴリン嬢は七回殺される | スチュアート・タートン | 2018 |
| メインテーマは殺人 | アンソニー・ホロヴィッツ | 2017 |
| ボーン・コレクター | ジェフリー・ディーヴァー | 1997 |
| ストーンサークルの殺人 | M.W.クレイヴン | 2018 |
| オックスフォード運河の殺人 | コリン・デクスター | 1989 |
| 第八の探偵 | アレックス・パヴェジ | 2020 |
| 木曜殺人クラブ | リチャード・オスマン | 2020 |
| そしてミランダを殺す | ピーター・スワンソン | 2015 |
| ポピーのためにできること | ジャニス・ハレット | 2021 |
まずはこの3冊
カササギ殺人事件(アンソニー・ホロヴィッツ/2016)
出版社に勤める編集者スーザン・ライランドのもとに、看板作家アラン・コンウェイの最新長編『カササギ殺人事件』の原稿が届きます。中身は1955年7月のサマセット州。パイ屋敷の家政婦の葬儀が営まれ、静かなサクスビー・オン・エイヴォン村の人間関係に少しずつひびが入っていく。そこへ足を運ぶのが、余命わずかな名探偵アティカス・ピュントです。原稿の中と外、二つの舞台に謎が立ち上がります。
筆頭に挙げたのは、作中作のアティカス・ピュント篇が、それ単体で一級の英国村落本格として立っているからです。閉じた村、限られた登場人物、丁寧に配された手がかり。クリスティの様式を真正面から踏襲し、そこに現代ロンドンの出版業界の軽やかな声を同居させて、どちらも痩せさせていません。本屋大賞翻訳小説部門、翻訳ミステリー大賞、『このミステリーがすごい!』海外編でいずれも第1位。現代の海外本格を一冊だけ選ぶなら、この本です。
イヴリン嬢は七回殺される(スチュアート・タートン/2018)
記憶をなくした男が、英国の館「ブラックヒース」の一室で目を覚まします。自分が誰かもわからない彼に、禍々しい仮面の人物が告げる。舞踏会の夜にイヴリン嬢は殺される、その謎を解かないかぎりこの一日は繰り返される、と。しかも新たなループに入るたび、彼の意識は別の登場人物の身体に宿っている。豪華なカントリーハウスという古典の舞台に、奇妙なルールがひとつだけ持ち込まれた物語です。
この一冊を選んだのは、タイムループと人格転移という奇抜な設定を、本格ミステリの論理に完全に従属させているからです。同じ一日を別の視点から解き直すたびに情報が積み重なり、読み手の推理も刻々と更新されていく。特殊なルールを飾りで終わらせず、事件を解く道具として最後まで機能させ切った作品は、そう多くありません。スチュアート・タートンのデビュー長編で、コスタ賞最優秀新人賞を受賞しています。週末を空けて一気に潜り込んでください。
メインテーマは殺人(アンソニー・ホロヴィッツ/2017)
ロンドンの葬儀社を資産家の老婦人ダイアナ・カウパーが訪ね、自分の葬儀を細かく手配していきます。その数時間後、彼女は自宅で絞殺されて見つかる。彼女は自分の死を予期していたのか。事件に関わる元刑事ダニエル・ホーソーンは、作家ホロヴィッツのもとを訪れ、捜査の様子を一冊の本にしてくれないかと持ちかけます。探偵の隣で捜査を書き留めるワトスン役は、著者アンソニー・ホロヴィッツ本人です。
この作品を挙げたのは、作家が実名で探偵の隣を歩くという大胆な枠組みを、崩れのない犯人当ての骨格の上に成立させているからです。容疑者が並び、動機が量られ、手がかりが配されていく。土台は真っ当な段取りなので、凝った設定に身構える人も安心して読み始められます。鋭い観察眼を持ちながらどこか付き合いにくい探偵ホーソーンの苦みも、名探偵の系譜に新しい顔を加えました。〈ホーソーン&ホロヴィッツ〉シリーズの第1作です。
警察小説と本格の交差
ボーン・コレクター(ジェフリー・ディーヴァー/1997)
ケネディ国際空港でタクシーに乗った出張帰りの男女が、忽然と姿を消します。やがて地面に埋められた男の遺体が見つかり、肉を削がれた薬指には女物の指輪が光っていました。ニューヨーク市警が協力を仰いだのは、事故で四肢麻痺となりベッドから動けない元科学捜査官リンカーン・ライム。現場を歩くのは、彼の「手足」となる若き婦人警官アメリア・サックスです。しかも犯人は、次の犯行を指し示す手がかりを現場に残していきます。
選んだ理由は、動けないという制約がそのまま推理の仕組みになっているからです。ライムは現場を見ず、サックスの報告と、持ち帰った砂粒や繊維だけで次の一手を読む。読者も同じ報告を聞く位置に立たされるので、科学捜査ものでありながらパズルとしての手応えが失われません。そこへディーヴァー十八番のどんでん返しが重なります。連続殺人の手口には残虐な描写があるので、苦手な方は身構えておいてください。
ストーンサークルの殺人(M.W.クレイヴン/2018)
イングランド北西部、カンブリア州の丘に点在する新石器時代の環状列石で、焼かれた死体が次々と見つかります。三番目の被害者に刻まれていたのは、停職処分中だった国家犯罪対策庁(NCA)の刑事ワシントン・ポーの名前と、「5」と思しき字。処分を解かれて捜査に合流したポーは、なぜ自分の名が現場に残されていたのかという問いを抱えたまま、事件へ足を踏み入れていきます。
この一冊を選んだのは、警察小説の形式をとりながら、読み終えたときに端正な謎解きの手応えが残るからです。猟奇的な意匠に反して捜査はあくまでロジックの積み上げとして進み、手がかりの出し方にも目配りが利いています。ポーと組む分析官ティリー・ブラッドショーとの噛み合わなさも、忘れがたい魅力です。2019年に英国推理作家協会(CWA)のゴールド・ダガー賞を受賞した、シリーズの出発点。凄惨な描写が苦手な人は、少し身構えてください。
オックスフォード運河の殺人(コリン・デクスター/1989)
不摂生がたたって入院したモース主任警部。何も起きない病室で、持て余した時間の気晴らしに手に取ったのは、ヴィクトリア朝時代の殺人事件を扱った研究書『オックスフォード運河の殺人』でした。19世紀、一人旅の女性が命を落とし、二人の船員が死刑になった——とうに裁きの済んだ一件です。ところが読み進むうちに、記述のどこかが噛み合わない。モースの頭に、いくつもの疑問が浮かんできます。
デクスターからこの一冊を選んだのは、聞き込みも鑑識も奪われた探偵が、紙の上の記述だけで推理を組み直すからです。モースが握っている材料は、読者がいま読んでいるものとほとんど変わりません。だから自然と一緒に考え、少し前の記述を確かめに戻りたくなる。病床から資料で過去を洗い直す趣向は『時の娘』を思わせますが、そこに座るのが現職の警察官だという点が本書の持ち味です。追跡や現場の緊迫を求める方には、静かすぎるかもしれません。
第八の探偵(アレックス・パヴェジ/2020)
探偵小説の黄金時代に短篇集『ホワイトの殺人事件集』を刊行し、いまは地中海の小島で隠棲している作家グラント・マカリスター。そこへ編集者のジュリアが、復刊の相談に訪れます。二人は収録された七つの短篇を一作ずつ読み返し、細部をめぐって言葉を交わしていく。フーダニット、不可能犯罪、孤島で見つかった十人の死体。一篇ごとに舞台も語り口も入れ替わり、読者はそのつど新たな謎の前に立たされます。
この作品を挙げたのは、謎解きの型を知り尽くした読者ほど唸らされる、入れ子の設計の確かさゆえです。七つの短篇を一つずつ謎解きとして楽しみながら、その外側では、読み返すという行為そのものがもう一つの大きな謎へつながっていく。性格の違う謎をひとつの器に収め、それらを束ねる仕掛けまで用意したデビュー作です。一つの事件をまっすぐ追う物語を期待すると寄り道に感じるかもしれませんが、ミステリを多く読んできた人ほど効いてきます。
毛色の違う三冊
木曜殺人クラブ(リチャード・オスマン/2020)
ケント州の架空の村フェアヘイヴンに建つ高級リタイアメント・ヴィレッジ「クーパーズ・チェイス」。ここで毎週木曜日、未解決事件の推理を戦わせているのが70代の四人組〈木曜殺人クラブ〉です。経歴の謎めいたエリザベス、元看護師のジョイス、元労組系活動家のロン、元精神科医のイブラヒム。敷地の再開発をめぐって経営者陣と住人が対立するさなか、経営者の一人が殺され、四人の趣味が実戦に変わります。
選んだ理由は、軽妙な掛け合いの下で、謎解きの骨格がきちんと組まれているからです。容疑者の整理、動機の描き分け、伏線の配置に手抜きがなく、笑いながら読むうちに手がかりは目の前を通り過ぎていく。ミス・マープルの系譜を、四人の合議制に拡張したような味わいです。章ごとに挟まるジョイスの日記には、老いや喪失といったテーマも穏やかに織り込まれています。肩の力を抜いたまま、フェアな謎解きを楽しめる一冊です。
そしてミランダを殺す(ピーター・スワンソン/2015)
ロンドン発ボストン行きの便を待つ空港のラウンジ。ボストンの実業家テッド・セヴァーソンは、隣に座った見知らぬ女リリー・キンターと秘密を明かし合ううち、妻ミランダの浮気を知ったと打ち明け、妻を殺したいと口にしてしまいます。リリーの返答は、ミランダは殺されて当然だという断言と、協力の申し出でした。酔った男の愚痴が、見知らぬ女のひと言で、輪郭のある殺人計画へ変わっていきます。
この一冊を挙げたのは、「誰が」よりも「なぜ」を追わせる語りの推進力があるからです。下敷きはパトリシア・ハイスミス『見知らぬ乗客』以来の古典的な構図。それを男女4人のモノローグで現代に置き直し、視点が移るたびに人物たちの思惑を塗り重ねていきます。手がかりから犯人を絞り込むパズルを期待すると、毛色の違いに戸惑うかもしれません。殺意が人をどこまで運ぶかを見届ける一冊として選びました。
ポピーのためにできること(ジャニス・ハレット/2021)
英国の小さな田舎町で、劇団フェアウェイ・プレイヤーズを主宰する名士マーティン・ヘイワードが、団員たちに一斉メールを送ります。二歳の孫娘ポピーが難病を患っている、高額な治療費のために力を貸してほしい、と。善意から始まった募金の輪は町へ広がり、やがて人ひとりの死を招きます。物語に地の文はありません。メールやメッセージ、供述調書、新聞記事の山を、二人の法学生が読み解いていきます。
最後に挙げたのは、読者がまぎれもなく探偵の椅子に座らされるからです。判断の材料はすべて文書として目の前に開かれ、それをどう組み立てるかは読者に託されている。手がかりを対等に開いてフェアに解かせるという本格の精神を、メールと文書という現代の道具立てで蘇らせました。地の文に浸る読書を好む人には、最初は少しとっつきにくいかもしれません。そのぶん、自分の足で真相にたどり着いた手応えが残ります。
よくある質問
Q. この10冊はどう選んだ?
A. 当サイト管理人の主観です。基準は「本格ミステリとして面白いか」の一つで、売上や知名度、受賞の数で選んではいません。読む人が変われば顔ぶれも変わって当然ですが、どの順で読んでも損のない10冊を選びました。
Q. 現代の海外ミステリーが初めてなら、どこから?
A. 『カササギ殺人事件』からで間違いありません。上下2冊の厚みに身構えるなら、『メインテーマは殺人』か『木曜殺人クラブ』から。どちらもシリーズの第1作で、気に入ればそのまま続刊へ進めます。
Q. なぜホロヴィッツが2冊も?
A. 2冊はどちらも古典本格の作法を現代に受け継ぐ作品で、どちらも外せなかったからです。『カササギ殺人事件』は作中作の村落本格、『メインテーマは殺人』は著者本人がワトスン役を務める犯人当てと、同じ作家でも趣向がまるで違います。
Q. 古典の海外ミステリーの傑作は?
A. このページは黄金期より後、1970年代以降の作品に絞っています。クリスティー、ドイル、クイーン、カーなどの古典は、特集「古典海外ミステリの最高傑作10選」で案内しています。
10冊のうち、まだ読んでいない本が一冊でもあれば、それが今夜の一冊です。古典の名作と読み比べると、受け継がれたものと新しく持ち込まれたものが、いっそうくっきり見えてきます。
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