停職中の刑事の名。
ストーンサークルの殺人
カンブリアの環状列石で焼かれた死体。CWAゴールド・ダガー賞を受賞したワシントン・ポー・シリーズの第1作。
イングランド北西部、カンブリア州の丘に点在する古代の環状列石。新石器時代の人々が巨石を円く並べたその場所で、焼かれた死体が次々と見つかる——『ストーンサークルの殺人』は、遺跡の静けさと猟奇の生々しさが隣り合う、その落差から幕を開ける英国警察ミステリです。
荘厳な景観のただ中に置かれた凄惨な現場。そこから、一人の刑事の物語が動き出します。
物語の入り口
物語の主人公は、国家犯罪対策庁(NCA)の刑事ワシントン・ポー。ただし話が始まる時点で、彼は不祥事を起こして停職処分を受けている身です。
捜査の第一線から外され、宙ぶらりんの位置に置かれた刑事。そこから事件が転がり始めます。
舞台は、著者の地元でもあるカンブリア州。緑の丘陵に、新石器時代のストーンサークルが点々と散らばる土地です。
その環状列石のひとつで焼死体が見つかり、やがて同じような死体が次々と発見されていきます。犯人は遺体を損壊しており、マスコミはこの人物を「イモレーション・マン(焼殺者)」と呼んで書き立てる。
何千年も前から丘に立ち続けてきた古代遺跡と、焼き尽くされたばかりの死体。そのふたつが同じ画面に収まってしまうところに、この連続殺人の異様さがあります。
人けのない丘に円環を描いて立つ巨石の群れ。その古い沈黙が、犯行のむごたらしさをかえって際立たせていきます。
そして三番目の被害者に、奇妙なものが刻まれていました。停職中だったポー本人の名前と、「5」と思しき字。
まるで犯人が、外されていたはずの刑事を名指しで呼び戻すかのように。身に覚えのないポーは、上司の判断で処分を解かれ、捜査に合流することになります。
なぜ現場に自分の名が残されていたのか——その問いを最初に突きつけられるのは、ほかならぬ本人です。読者はポーのすぐ隣に立たされ、彼と同じだけの戸惑いを抱えたまま、この事件へ足を踏み入れていくことになります。
読みどころ
この物語のもう一つの中心は、ポーと組むことになる分析官ティリー・ブラッドショーの存在です。 社会経験の乏しさと、突出した分析能力。
相反するはずのふたつが一人の中に同居した天才肌の人物で、世渡りの不器用なポーとの噛み合わなさが、そのまま忘れがたい魅力へ変わっていきます。ぶっきらぼうな刑事と、まっすぐすぎる分析官。
二人の距離がじりじりと動いていく手触りは、以後のシリーズを貫く芯であり、その出発点をこの目で見届けられるのが第1作ならではの特権です。
謎解きとしての骨格も、見た目の猟奇性に反してずいぶん骨太です。焼き印めいた題材に引っぱられそうになりながら、捜査はあくまでロジックの積み上げとして進み、手がかりの出し方にも細やかな目配りが利いている。
派手な意匠をまといつつ、読み終えたときに手元へ残るのは端正な謎解きの手応え、という按配です。カンブリアの冷たい空気や地方の風土を映す描写も、ただの背景にとどまらず物語を支える柱になっていて、保護観察官として現場を知る著者ならではの、組織や手続きの説得力とも自然に地続きになっています。
こんな人におすすめ
相性でいえば、猟奇的な事件が入り口になっている以上、凄惨な描写がどうしても苦手という読者は少し身構えることになるかもしれません。その一方で、本書は警察小説の形式をとりながら、腰の据わった謎解きの読み心地がしっかり残るタイプでもあります。
重厚な英国警察ものの空気を吸いたい人、不器用な人間同士の関係がぎこちなく動いていく物語を好む人には、迷わず薦められる一冊です。一撃の大トリックや息もつかせぬ疾走感だけを求める向きには、丹念な捜査の歩みがいくらかゆっくりに映る場面もあるでしょう。
けれど、その丁寧さこそが本書の背骨にほかなりません。
作品の背景
本書『The Puppet Show』は、M・W・クレイヴンの筆歴を大きく前へ押し出した一作でした。2019年には英国推理作家協会(CWA)のゴールド・ダガー賞、すなわち最優秀長篇賞を射止めています。
この受賞を起点に、クレイヴンは英国警察ミステリの新しい世代を代表する書き手として注目を集めていきました。邦訳は2020年に届けられています。
手に取るなら
入手はたやすく、ハヤカワ・ミステリ文庫(東野さやか訳)で手に取れます。Kindle版も出ています。
本書から始まるワシントン・ポーのシリーズは、このあと『ブラックサマーの殺人』『キュレーターの殺人』『グレイラットの殺人』『ボタニストの殺人』と続いていくので、気に入ったら順に手を伸ばしていく楽しみが待っています。まずはこの第1作から、カンブリアの丘へ足を踏み入れてみてください。
M.W.クレイヴンについて
M.W.クレイヴンは1968年、イングランド北西部カーライルの生まれです。16歳で英国陸軍に入り、除隊後はソーシャルワークを学んで、カンブリア州の保護観察官として16年間働きました。
2015年に長編『Born in a Burial Gown』で作家デビューしています。
2018年からは、国家犯罪対策庁(NCA)の刑事ワシントン・ポーと分析官ティリー・ブラッドショーが組むシリーズを書き継いでいます。その第1作『ストーンサークルの殺人』で2019年に英国推理作家協会(CWA)のゴールド・ダガー賞を、『グレイラットの殺人』で2022年にイアン・フレミング・スティール・ダガー賞を受けました。
書誌情報
M.W.クレイヴンをもっと読む
全作品一覧へ →似た読み味を、他の作家で
気分タグ・系譜の重なりから自動抽出。★は管理人が実読して太鼓判を押した本
この本が登場する特集
正反対の二人が解く凸凹バディミステリ ―名コンビで読む海外の相棒ミステリー11選
性格も流儀も正反対の二人が事件を解く。掛け合いの妙とチームワークが光る「バディもの」ミステリーのおすすめを、シリーズで追いたくなる順に紹介します。
ワシントン・ポー 読む順番ガイド ―M.W.クレイヴンの人気シリーズ全作のあらすじと読みどころ
無骨な一匹狼の刑事と天才分析官の凸凹コンビが大人気。英国警察ミステリの傑作シリーズを、刊行順とあらすじ・読みどころとともに案内します。
捜査の論理で解く海外警察ミステリー ―クロフツから北欧・現代英国まで、警察小説×謎解き
組織の地道な捜査と、フェアな謎解き——その両立こそ警察ミステリーの醍醐味。捜査の論理で謎を解く海外の名シリーズを、源流のクロフツから英国の名物警部、北欧の原点、現代の傑作まで一望します。
現代海外ミステリの最高傑作10選 ―ホロヴィッツ、ディーヴァー、デクスターほか黄金期以後の名作
黄金期より後の現代海外ミステリの最高傑作を、当サイト管理人が10冊選びました。ホロヴィッツ、タートン、ディーヴァー、デクスター、クレイヴンからハレットまで。いま読むべき現代の...