正反対の二人が解く凸凹バディミステリ ―名コンビで読む海外の相棒ミステリー11選
性格も流儀も正反対の二人が事件を解く。掛け合いの妙とチームワークが光る「バディもの」ミステリーのおすすめを、シリーズで追いたくなる順に紹介します。
目次
天才肌と、それに振り回される常識人。クールな捜査官と、空気を読まない異才。正反対の二人が組むからこそ生まれる化学反応は、本格ミステリのもうひとつの醍醐味です。
謎解きの切れ味に、軽妙な掛け合いと、少しずつ深まる信頼関係まで。一度ハマれば次の巻に手が伸びる——そんな「バディもの」の名コンビを、シリーズで追いかけたくなる順にご紹介します。
こんな読者のための一冊たち
- 長く付き合えるキャラクターと出会いたい
- 謎解きと同じくらい、二人の会話を楽しみたい
- 事件は重くても、読後感は温かくありたい
以下、仕掛けには指一本触れていません。安心してお読みください。
作家×探偵という反則コンビ ―ホロヴィッツ
著者本人が登場人物として相棒を務める、という反則すれすれのメタ趣向。それでいて本格としての完成度が高いのが、ホロヴィッツの凄みです。
メインテーマは殺人(アンソニー・ホロヴィッツ/2017)
物語はロンドンの一軒の葬儀社から始まります。資産家の老婦人ダイアナ・カウパーが訪ねてきて、棺の段取りから式の運びまで、自分の葬儀を細かく手配していく。まるでその日が近いと知っているかのように。そしてその数時間後、彼女は自宅で絞殺された姿で発見されます。なぜ殺される直前に、自分の葬儀を準備していたのか。一度聞いたら忘れられない引きです。
この事件に関わってきた元刑事ダニエル・ホーソーンは、作家ホロヴィッツのもとを訪れ、思いがけない申し出を持ちかけます。自分の捜査を一冊の本にしてくれないか、と。テレビドラマの脚本の仕事で知り合った二人。捜査のプロと、それを言葉にする作家。特集の一冊目に置いたのは、その「ワトスン役」が紛れもなく実在の作家本人だからです。出版の事情も家族と過ごす時間も地続きに描かれ、読者は探偵のすぐ隣で、一部始終を書き留めようとする側の視点に立たされる。刊行順に読めば、噛み合わない二人の距離が縮まるさまも味わえます。
老いてなお痛快な“四人組” ―オスマン
二人どころか四人組。高齢者たちのチームワークと軽妙な会話が、本格の骨格を温かく包む人気シリーズです。
木曜殺人クラブ(リチャード・オスマン/2020)
舞台は、ケント州の架空の村フェアヘイヴンに建つ高級リタイアメント・ヴィレッジ「クーパーズ・チェイス」。かつての修道院を改装した本館のまわりに現代的な棟が並ぶ、絵に描いたように穏やかな終の住処です。ここで毎週木曜日、「ジグソー・ルーム」と呼ばれる部屋に集まるのが、その名も〈木曜殺人クラブ〉。元警官の入居者が持ち込んだ捜査資料を火付け役に、未解決事件のファイルを広げては推理を披露し合う集まりです。
メンバーは一癖も二癖もある四人。人脈と段取りに長けたエリザベス、聞き上手の柔らかさに確かな観察眼を隠す元看護師のジョイス、押しの強さと交渉力が武器の元活動家ロン、冷静な分析を担う元精神科医のイブラヒム。持ち味がまるで揃っていない、だからこそ強い凸凹チームです。バディの特集に二人組ではない一冊を招いたのは、この編成それ自体がひとつの答えだからです。敷地の再開発をめぐる対立のさなか、経営者の一人が殺され、趣味が実戦に変わる。地元警察のドナとクリスも加わって、愉快な化学反応が始まります。
二度死んだ男(2021)
前作で本物の殺人に挑んだ四人組のもとに、一通の手紙が届きます。差出人は、エリザベスの元夫ダグラス。かつて諜報の世界に身を置いた彼女の過去が、ここで本格的に物語の前面へせり出してきます。ダグラスは業務の最中に高額のダイヤモンドが絡むトラブルを抱え込み、米国のマフィアやその周辺の組織から狙われる立場になって、姿をくらませているというのです。助けを求められた四人は、その渦の中へいつのまにか足を踏み入れていきます。
趣味の推理とはまるで桁の違う、スパイと犯罪組織がうごめく国際的な事件。舞台が一気に広がったぶん、絡んでくる人物や組織も増えていきます。第2作をわざわざ並べて置いたのは、チームの組み合わせが変わるからです。地元警察のドナとクリスは引き続き顔を出し、老練な四人組と現役警官が並走しながら、それぞれの角度から事件へ迫る。そこへエリザベスの元夫という異物が入り込む。気楽な茶飲み友達のつもりだった読者が、いつしか手に汗を握る位置へ連れ出されます。
刑事×天才分析官、最強のタッグ ―クレイヴン
無骨で直感型の刑事ワシントン・ポーと、社会性に難ありの天才分析官ティリー・ブラッドショウ。この「最高に噛み合わない二人」は、巻を追うごとに関係が育っていくのが最大の魅力。シリーズはぜひ刊行順に。
ストーンサークルの殺人(2018・第1作)
舞台は、緑の丘陵に新石器時代の環状列石が点々と散らばるカンブリア州。そのストーンサークルのひとつで焼死体が見つかり、やがて同じような死体が次々と発見されていきます。マスコミは犯人を「イモレーション・マン(焼殺者)」と呼んで書き立てる。何千年も丘に立つ巨石の古い沈黙が、焼き尽くされたばかりの死体のむごたらしさを際立たせます。そして三番目の被害者には、停職処分中だった刑事ワシントン・ポーの名前と「5」と思しき字が刻まれていました。
身に覚えのないポーは処分を解かれ、捜査に合流します。ここで組むことになるのが、分析官ティリー・ブラッドショウ。社会経験の乏しさと突出した分析力が同居する天才肌で、不器用なポーとはまるで噛み合いません。このシリーズを刊行順にとおすすめするのは、第1作の二人がまだ互いの扱い方を知らないからです。会話はぎこちなく、距離もある。だからこそ巻を追うごとの変化がはっきり見えます。英国推理作家協会ゴールド・ダガー賞受賞作。著者の地元の冷たい空気ごと味わえる出発点です。
ブラックサマーの殺人(2019・第2作)
発端となるのは、6年前にポー自身が刑務所へ送り込んだ一人の男です。ジャレド・キートン——かつてカリスマシェフとして名声をほしいままにした人物で、娘エリザベスを殺害した罪に問われ、服役していました。事件はとうに裁かれ、決着したはずだったのです。ところが、殺されたはずの娘エリザベスを名乗る女性が、生きて姿を現します。もし彼女が本物なら、キートンはやってもいない罪で6年ものあいだ牢につながれていたことになる。
そしてその事態を招いたのは、ほかならぬポーが6年前に積み上げた捜査でした。厄介なのは、そろっていく状況のすべてが「あの判断は間違いだった」とささやくように並ぶことです。かつて事件を裁いた張本人が、今度は自分の正しさを疑われる側に立たされる。バディものとして推すのはここからです。追い込まれた相棒を見捨てず、データと論理を武器にする分析官ブラッドショーが立ち上がる。凸凹コンビの持ち味は、危機の局面でこそ際立ちます。二人の信頼が初めて正面から試される、シリーズ屈指の重要作です。
キュレーターの殺人(2020・第3作)
舞台はクリスマスシーズンのカンブリア州。冷たく澄んだ冬の空気のなかで、切断された人間の指が街のあちこちで見つかりはじめます。ひとつはプレゼント用のマグカップのなか、ひとつはミサのおこなわれた教会、もうひとつは精肉店の店内。日常にさりげなく紛れ込むように、それでいて発見されることを前提にしたかのように配置されたそれらは、誰かの手で丁寧に並べられた展示品のようです。しかも各現場には「#BSC6」という謎めいた文字列が残されていました。
捜査にあたるのは国家犯罪対策庁のポー、ステファニー・フリン警部、そして分析官ティリー。けれど確かな手がかりは乏しく、指という断片ばかりが先行して増えていきます。指の数だけ犠牲者がいるのか、本体はどこにあるのか。問いが答えより早く立ち上がるこういう局面でこそ、ポーの直感とティリーの分析という噛み合わない二本の線が効いてきます。そして刑事たちはまだ知りません、この背後に「キュレーター」と呼ばれる存在が潜んでいることを。シリーズが大化けしたと評される代表作です。
グレイラットの殺人(2021・第4作)
冒頭を飾るのは、奇妙な銀行強盗の場面です。歴代のボンド俳優のマスク、身元のわからない死体、そして一体の鼠の置物。犯人たちはこの取り合わせを現場に残して姿を消し、読者はいきなり意味のつかめない断片を手渡されます。そこから時計の針は三年進み、舞台はカンブリアへ。折しもこの地方では世界の首脳が集うサミットの開催が目前に迫り、厳戒態勢が敷かれていました。そのさなか、要人を搬送するヘリコプター会社の社長が殺害されます。
テロの影を警戒する政府は、この一件の捜査をポーに命じます。地方の一警官が、突如として国家規模の警戒態勢のただ中に立たされるわけです。しかも捜査は初手から思うように運びません。国家機密の壁がそびえ、MI5の妨害が行く手をふさぐ。開示されない情報、踏み込めない領域。動ける範囲はひどく狭く、ポーは苛立ちを募らせます。突破口を開くのは、やはりティリーです。彼女が膨大なデータの底から掘り当てた一片が、閉ざされた捜査に光を差し込ませる。相棒がいなければ一歩も進めない巻として推します。
ボタニストの殺人 上・下(2022・第5作)
物語は、まったく無関係に見える二本の線から立ち上がります。一本目の口火を切るのは生放送のトーク番組。女性蔑視の持論を得々と語っていた自称ジャーナリストの男性が、カメラの前で突然倒れ、搬送先で息を引き取ります。彼のもとには事前に脅迫状が届いていました。やがて浮かび上がるのが「ボタニスト」の影。標的に定めた著名人へ押し花と詩を添えた予告状を送りつけ、警察が守りを固めてもなお、言葉どおりに仕留めてみせる人物です。
もう一本の線は、事件の熱気とは離れたところでポーの足元をすくいます。友人であり病理学者でもあるエステル・ドイルが、実の父親を銃で撃ち殺した容疑で逮捕されたという報せ。捜査する側にいたはずの刑事が、今度は「近しい誰かを信じる側」に立たされます。バディものとしての読みどころはここです。感情に揺さぶられる相棒の隣で、ティリーは変わらずデータを積み上げていく。方角も温度もまるで違う二本の線を、二人がどう束ねるのか。邦訳は上下巻で刊行されました。
▶ サイト内レビュー » | Amazon: 上 » 下 »
デスチェアの殺人 上・下(2024・第6作)
物語の発端で見つかるのは、木に縛られ石打ちで殺害された男の遺体です。被害者はあるカルト教団の指導者だった人物で、聖書の刑罰を模したかのような殺し方に、ポーは困惑を隠せません。なぜ、この殺され方でなければならなかったのか。そして遺体には、複雑な暗号が刻み込まれていました。重大犯罪分析課の分析官ティリー・ブラッドショウが解読に手こずるほど難解なコード。それは単なる模様ではなく、何かを指し示しているらしいのです。
捜査の糸をたぐるうち、鍵は教団の内部にあるのではないかという推測が形をとりはじめます。さらに輪郭の奥から浮かび上がってくるのが、15年前に一人の少女が家族全員を殺害したという痛ましい記憶。そして、語るくらいなら口を閉ざすと言われる「慈悲の椅子」とは何なのか。コンビの物語としても正念場です。ポーの所属する課には上層部から嫌疑がかかり、内部にスパイが送り込まれ、チーム解体の危機が迫る。二人でいられる時間そのものが脅かされる、シリーズ最暗部の一冊です。
▶ サイト内レビュー » | Amazon: 上巻 » 下巻 »
黄金期の名コンビ ―ウルフ&アーチー
凸凹バディの型は、黄金期にすでに完成していました。自宅の安楽椅子をめったに離れない美食家の天才と、その手足となって動く軽妙な相棒。この非対称こそ、バディものの原点です。
料理長が多すぎる(レックス・スタウト/1938)
舞台となるのは、保養地カノーワ・スパー。世界各地から選び抜かれた十五人の名誉ある料理長たちが、この地に集います。めあては、ソースの味ききに興じること。一流の腕を持つ者どうしが互いの技を舌で確かめ合う——それだけでも十分に贅沢な趣向ですが、その集いの主賓として招かれていたのが、ほかならぬネロ・ウルフでした。ところが華やかな空気は長くは続きません。名料理長のうちの一人が、刺殺されるのです。
豊かなはずの食の空間が、そのまま閉ざされた疑いの場へと姿を変えていきます。そしてこの一件が、動かないはずの名探偵を動かします。ふだんなら他人の厄介ごとに腰を上げないウルフが、誇り高き料理長たちを前に、重い腰をあげる。凸凹バディの型は黄金期にすでに完成していた、と申し上げたいのはこの構図ゆえです。自宅の安楽椅子をめったに離れない美食家の頭脳と、その手足となって動く相棒アーチー・グッドウィン。役割がここまできれいに分かれた二人組はそう多くありません。蘊蓄と謎解きを一皿で味わえるシリーズ第5作です。
英国の名コンビ ―モース&ルイス
ビールと文学とクロスワードを愛する変わり者の警部と、実直な相棒の部長刑事。オックスフォードを舞台にした、英国で最も愛された名探偵コンビのひとつです。
ウッドストック行最終バス(コリン・デクスター/1975)
物語の舞台は、大学の街として知られるオックスフォード。日が落ちかけた時刻、二人の若い娘がウッドストック行きの最終バスを待っています。けれどバスは、待てど暮らせど姿を見せません。しびれを切らした二人は、やがて通りかかる車に頼ることを選び、ヒッチハイクを始めます。ここまではどこにでもありそうな、ありふれた夜の一場面です。異変が訪れるのはその後でした。同じ晩、娘の一人がウッドストックの酒場の中庭で、変わり果てた姿で見つかります。
しかも捜査陣を待ち受けていたのは、亡くなった娘をめぐる謎だけではありません。一緒にヒッチハイクを始めたはずの、もう一人の娘の姿がどこにも見当たらないのです。手がかりに乏しく、決して恵まれたとはいえない状況から、モース主任警部とルイス部長刑事の捜査は出発します。締めくくりにこの一冊を置いたのは、長く愛された英国の名コンビが、まだ何者でもないところから動き出すからです。読者は二人のかたわらに立ち、彼らがつかんだ事実だけを歩調を合わせて知っていくことになります。
優れたバディは、謎が解けたあとも記憶に残ります。事件は終わっても、あの二人にまた会いたい——そう思わせてくれる作品を、ここに集めました。
本ページのリンクは Amazon アソシエイト・プログラムにより収益を得ています。
この特集で紹介した本
この特集のタグ
関連する特集
人生経験が謎を解くおばあちゃん探偵たち ―マープルから木曜殺人クラブまで、高齢探偵ミステリ13選
派手なアクションはなくとも、長い人生で培った観察眼が真実を見抜く。マープルから木曜殺人クラブまで、円熟の名探偵たちを紹介します。
ワシントン・ポー 読む順番ガイド ―M.W.クレイヴンの人気シリーズ全作のあらすじと読みどころ
無骨な一匹狼の刑事と天才分析官の凸凹コンビが大人気。英国警察ミステリの傑作シリーズを、刊行順とあらすじ・読みどころとともに案内します。
捜査の論理で解く海外警察ミステリー ―クロフツから北欧・現代英国まで、警察小説×謎解き
組織の地道な捜査と、フェアな謎解き——その両立こそ警察ミステリーの醍醐味。捜査の論理で謎を解く海外の名シリーズを、源流のクロフツから英国の名物警部、北欧の原点、現代の傑作まで一望します。
一話ずつ読める 短編・連作ミステリ ―通勤・スキマ時間におすすめの12冊
一話完結で、隙間時間にちょうどいい。それでいて切れ味は抜群。通勤や寝る前に一話ずつ楽しめる、短編・連作の本格ミステリを集めました。










