彼女は殺された。
メインテーマは殺人
著者本人が実名でワトスン役を務めるメタ本格。ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ第1作。
自分の葬儀の手配を細かく指示した資産家の老婦人が、その数時間後に自宅で絞殺されて見つかる。彼女は自分が殺されると知っていたのか——『メインテーマは殺人』は、この一つの謎から立ち上がる犯人当てミステリです。
しかも、その事件を追う探偵のかたわらで捜査を書き留めていく「ワトスン役」を務めるのは、著者アンソニー・ホロヴィッツ本人。実名で作中に立つという枠組みが、古典的な謎解きの上に大胆に重ねられています。
物語の入り口
物語はロンドンの一軒の葬儀社から始まります。資産家の老婦人ダイアナ・カウパーが訪ねてきて、自分の葬儀を細かく手配していく。
棺の段取りから式の運びまで、まるでその日が近いと知っているかのように。そしてその数時間後、彼女は自宅で絞殺された姿で発見されます。
なぜ彼女は、殺される直前に自分の葬儀を準備していたのか。彼女は自分の死を予期していたのか。
シンプルでありながら、一度聞いたら忘れられない引きです。
この奇妙な事件に、元刑事のダニエル・ホーソーンが関わってきます。そして彼は、作家であるホロヴィッツのもとを訪れ、思いがけない申し出を持ちかけるのです——自分がこの事件を捜査していく様子を、一冊の本にしてくれないか、と。
テレビドラマの脚本の仕事を通じて知り合った二人。捜査のプロである探偵と、それを言葉にする作家。
現代版のホームズとワトスンを思わせる関係が、こうして動き出します。
面白いのは、その「ワトスン役」が紛れもなく現実のホロヴィッツ本人だということ。『カササギ殺人事件』を書き上げたばかりの作家が、次の題材を探すようにホーソーンの捜査へ同行していく。
作中で触れられる出版や脚本の事情も、家族と過ごす時間も、実在の作家ホロヴィッツのそれと地続きに描かれます。読者は、事件を追う探偵のすぐ隣で、その一部始終を書き留めようとする作家の視点に立たされることになる。
虚構の事件と実在の作家が同じページの上で溶け合っていく、その奇妙な手ざわりごと、物語に引き込まれていきます。
読みどころ
読みどころは、大胆な仕掛けを、崩れのない犯人当ての骨格の上に成立させた手つきにあります。 語り手が実在の作家と聞くと変化球のようですが、公式の惹句が「謎解きの魅力全開の犯人当てミステリ」と言い切るとおり、土台にあるのは真っ当な段取りです。
容疑者が並び、動機が量られ、手がかりが配されていく。その古典的な作法を守りながら、そこに「作家が探偵を書く」という遊びを重ねる。
本格ミステリ作家クラブの設立20周年企画『2010年代海外本格ミステリ ベスト作品』にも選ばれた評価は、この二重構造が破綻なく噛み合っていることの裏づけと言えます。
もうひとつの財産が、探偵ホーソーンという造形です。鋭い観察眼を持ちながら、どこか付き合いにくさを抱えた男。
名探偵の系譜に連なりつつ、その誰とも似ていない独特の苦みが、シリーズを長く牽引する引力になっています。
論理も人物も両方味わいたい読者、そして「読んでいる本の作者が、その本の中で探偵の隣を歩いている」という趣向にわくわくできる読者には、これ以上ない一冊でしょう。凝った枠組みを差し引いても、ひとつの絞殺事件をめぐる犯人当てとしての満足度が高いのが本書の強み。
手の込んだ設定は身構えてしまうという読者も、まずは真っ当な謎解きとして安心して読み始められます。軽妙な二人の掛け合いも心地よく、長いシリーズの1作目としては敷居も低めです。
作品の背景
『カササギ殺人事件』の翌年に発表されたのが、本書を第1作とする〈ホーソーン&ホロヴィッツ〉シリーズです。原書 The Word Is Murder は2017年刊。
『このミステリーがすごい! 2020年版』海外編を筆頭に、〈週刊文春〉2019ミステリーベスト10海外部門、『2020本格ミステリ・ベスト10』海外篇と、年末ランキングの海外部門を軒並み制しました。
手に取るなら
日本語版は東京創元社・創元推理文庫、訳は山田蘭。『カササギ殺人事件』『ヨルガオ殺人事件』をはじめホロヴィッツ作品を数多く手がけてきた訳者だけに、軽妙な語り口は日本語でも存分に生きています。
Kindle版もあり、入手は容易。シリーズはこの後『その裁きは死』『殺しへのライン』『ナイフをひねれば』『死はすぐそばに』と続いていきます。
まずは、すべての始まりとなる本書から。現代英国の犯人当てミステリへの、格好の入り口です。
アンソニー・ホロヴィッツについて
アンソニー・ホロヴィッツは1955年生まれのイギリスの作家・脚本家です。少年スパイを主人公にしたヤングアダルト小説〈女王陛下の少年スパイ! アレックス〉シリーズをベストセラーに育てました。
テレビでは『名探偵ポワロ』や『バーナビー警部』の脚本を書き、『刑事フォイル』では企画から脚本までを担っています。
2011年にはコナン・ドイル財団の公認を得てホームズ物の新作長編『シャーロック・ホームズ 絹の家』を発表し、2015年からはイアン・フレミング財団の依頼でジェームズ・ボンドの新作も手がけました。自前の探偵を立てた本格ミステリでは、『カササギ殺人事件』に始まるシリーズと、作者自身が語り手として登場する〈ホーソーン&ホロヴィッツ〉シリーズを書き継いでいます。
日本では2018年から4年続けて主要な年末ミステリランキングの1位を占めました。2022年には大英帝国勲章(CBE)を受けました。
書誌情報
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