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REVIEW · 書評
N° 029 · 2026-07-21
その裁きは死 表紙画像
現代英国 ★ イチオシ

その裁きは死

アンソニー・ホロヴィッツ / 東京創元社(創元推理文庫)
" 著名な離婚弁護士が高額ワインで殴打された奇妙な殺人。ホーソーン&ホロヴィッツ第2作。
#現代によみがえる黄金期#週末をまるごと溶かす
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📝 管理人イチオシ書評 管理人実読・本サイト基準でイチオシ判定 ✓ 結末・犯人・トリックの種類には触れていません
curator's read

ミステリーとしての読みどころ

実直さで評判の離婚弁護士が、自宅で殺されて発見される。しかもその殺され方は、かつて法廷で争った相手方が怒りにまかせて口走った脅し文句に、なぜかそっくりだった——。

『その裁きは死』は、こんな不穏な符合から幕を開ける現代英国の犯人当てミステリです。事件を追うのは、元刑事の探偵ホーソーンと、その相棒役に引きずりこまれた作家アンソニー・ホロヴィッツ。

作者自身と同じ名を持つ語り手が、つかみどころのない探偵の傍らで振り回されながら、少しずつ真相へ近づいていきます。

著者について

著者のアンソニー・ホロヴィッツは、イギリスを代表する作家です。少年スパイの活躍を描く〈女王陛下の少年スパイ!アレックス〉シリーズをベストセラーに送り出し、人気テレビドラマ『刑事フォイル』の脚本を手がけ、さらにはコナン・ドイル財団公認のシャーロック・ホームズ新作長編『シャーロック・ホームズ 絹の家』まで書いてしまう。

ジャンルもメディアも軽々と越えていく、たいへんな多才の持ち主です。日本でその名を決定的にしたのは、アガサ・クリスティへのオマージュ『カササギ殺人事件』でしょう。

『このミステリーがすごい!』と本屋大賞〈翻訳小説部門〉の1位に輝くなど、史上初の7冠を達成した話題作でした。

本書はそのホロヴィッツが放つ〈ホーソーン&ホロヴィッツ〉シリーズの第2作にあたります。第1作『メインテーマは殺人』で確立された、著者本人がワトスン役として作中に登場するという異色の趣向を、そのまま受け継いだ一冊です。

年末のミステリランキングでは各誌の海外部門を軒並み制覇。〈週刊文春〉ミステリーベスト10、『このミステリーがすごい!』、『本格ミステリ・ベスト10』——名だたるランキングの海外1位を、この第2作もまとめてさらっていきました。

物語の中心に据えられるのは、ロンドンの著名な離婚弁護士、リチャード・プライス。実直な仕事ぶりで評判の、非の打ちどころのなさそうな人物です。

ところがある日、彼は自宅で無残に殺害された姿で発見されます。しかも捜査を進めるほどに、その殺され方が奇妙な符合を帯びていく。

かつて手がけた裁判で、相手方が怒りにまかせて口走った脅しの文句——そのやり口をなぞるようにして、プライスは命を奪われていたのです。誰が、なぜ、あの言葉を現実のものにしたのか。

現場には、不可解な手がかりが残されていました。壁にはペンキで、乱暴に「182」という数字が書きつけられている。

意味も出所も判然としない、三桁の数字。さらに被害者は、殺される直前に、周囲を戸惑わせる奇妙な言葉を残していたことも分かってきます。

脅しの再現、壁の数字、最後の言葉。手がかりはいくつも転がっているのに、どれ一つとして事件の像を結んではくれません。

この難題に挑むのが、元刑事の探偵ホーソーンです。警察を離れた今も捜査能力は図抜けているものの、素性も内面もいっこうに見せない、まことにつかみどころのない男。

そして彼に相棒役として引きずりこまれるのが、当の作家アンソニー・ホロヴィッツ本人です。自分が書く物語なら結末まで見通せるはずの作家が、現実の事件を前にすると、ホーソーンの背中を追いかけるばかり。

読者はそのホロヴィッツの肩越しに、彼と同じだけの手がかりを渡され、同じように翻弄されながら、「182」の意味を探していくことになります。

読みどころ

シリーズの妙味は、「探偵の隣に立たされる語り手」という仕掛けが、そっくりそのまま読者の立ち位置になるところにあります。 第1作で組み上げられたこのバディの構図は、本書でいよいよ滑らかに回り始めます。

前作では探偵にただ振り回されていた語り手のホロヴィッツが、ここでは自分なりの推理を口にするようになり、そのたびにホーソーンから手ひどく現実を突きつけられる。作家ならではの「物語を読みすぎてしまう」癖と、元刑事の即物的な観察眼がぶつかり合う会話は、それ自体が上質なコメディです。

それでいて、容疑者の絞り込み、動機の吟味、伏線、終盤の解明という古典本格の段取りは少しも崩れていません。遊び心と論理の骨格が、危なげなく両立しています。

もう一つ味わいたいのが、舞台となる現代ロンドンの手触りです。離婚弁護士という職業を軸に、法曹界の人間関係や富裕な依頼人たちの世界が、ホロヴィッツの観察眼で細やかに書き分けられていく。

現代英国の階級社会を背景に置いた犯人当て、という感触が、この作品の地の味わいになっています。

古典的な犯人当ての段取りを、現代的なユーモアとメタ趣向でくるんだ一冊です。手がかりを一つずつ積み上げ、論理で詰めていく謎解きを好む読者なら、まっすぐ楽しめるはず。

一方で、探偵が過去も本心も明かさないまま話が進むため、主要人物にすぐ感情移入して寄り添いたいタイプの読者は、ホーソーンの底の見えなさに、はじめは少し距離を感じるかもしれません。とはいえ、その「見えなさ」こそが、シリーズを長く牽引していく仕掛けでもあります。

手に取るなら

日本語版は東京創元社・創元推理文庫、山田蘭訳で読めます。巻末には大矢博子による解説付き。

山田蘭は『カササギ殺人事件』『ヨルガオ殺人事件』をはじめ、ホロヴィッツ作品の多くを訳してきた翻訳家で、シリーズを通しての読み心地は折り紙つきです。第1作『メインテーマは殺人』から順に読み進めるのが理想ですが、本書だけでも十分に楽しめる作り。

気に入れば、この先『殺しへのライン』『ナイフをひねれば』『死はすぐそばに』とシリーズは続いていきます。探偵と語り手の距離がほどよく動き出す、シリーズでいちばん入りやすい一作といえるかもしれません。

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書誌情報

出版社
東京創元社 / 創元推理文庫
原書刊行年
2018
邦訳刊行年
2020
ISBN-13
9784488265106
系譜
現代英国 / メタ本格 · シリーズ探偵物