マスカレード・ライフ
刑事を辞めホテルを守る側に立った新田浩介が、新人賞選考会の事件と父の来訪に向き合う第5作。
ホテル・コルテシア東京を舞台に、刑事とホテルマンが手を組んで難事件に挑む。その構図で読者をつかんできたマスカレードシリーズが、前作『マスカレード・ゲーム』から約3年を経て、5作目を送り出しました。
おなじみのホテルに戻ってきた物語で、いちばん大きく変わったのは主人公・新田浩介の居場所です。彼はもう、身分を隠してホテルに潜り込む刑事ではありません。
物語の入り口
シリーズの出発点は、警視庁捜査一課の刑事だった新田が、連続殺人の次の現場と目されたコルテシア東京に、ホテルマンになりすまして潜入したことでした。教育係として新田についたのが、フロントクラークの山岸尚美です。
捜査を優先する新田と、お客様第一を貫く尚美。衝突を重ねながらも2人の間には信頼が育ち、その関係がシリーズの軸になってきました。
本作の新田は警視庁を辞め、コルテシア東京の保安課長として、お客様の安全確保を第一に働いています。そこへ警視庁から協力の要請が舞い込みます。
ホテルで開かれる、灸英社主催の『日本推理小説新人賞』の選考会。その当日、受賞候補者のひとりとして、ある死体遺棄事件の重要参考人が会場に姿を見せるのです。
同じころ、アメリカで暮らす新田の父親が一時帰国し、コルテシア東京に泊まります。久しぶりに顔を合わせる父と子の間には、簡単には埋まらない溝があります。
物語は、高校時代の新田を描いたプロローグから幕を開けます。
読みどころ
本作の面白さは、シリーズの約束事がひっくり返っているところにあります。 これまでの新田は、刑事という素顔の上にホテルマンの仮面をかぶり、宿泊客にまぎれて犯人を追ってきました。
今回はホテルマンこそが彼の本業で、警察は協力を求めてくる外側の存在です。「仮面」を大きなテーマに掲げてきたシリーズで、主人公の素顔と仮面の関係そのものが入れ替わる。
5作目まで来たからこそ打てる一手です。
事件の舞台に文学賞の選考会が選ばれているのも、本作ならではの趣向です。主催の灸英社は、同じ著者の『黒笑小説』『歪笑小説』にも顔を出す出版社。
両作を読んだ人なら、その名前を見ただけで頬がゆるむはずです。
もうひとつの柱が、父と子の物語です。ホテルで起きる事件の行方と並行して、新田と父親のわだかまりという、もうひとつの謎が静かに進んでいきます。
舞台がほぼホテルの中に限られているぶん、事件の緊張と家族のドラマが同じ建物のなかで重なり合います。
こんな人におすすめ
前作から約3年、ホテルの側に立った新田がどう動くのかを見届けたいシリーズ読者には、まず外せない1冊です。限られた舞台で宿泊客や関係者の事情が絡み合うホテルものが好きな人、『黒笑小説』『歪笑小説』で灸英社に親しんだ人にも薦めます。
作品の背景
マスカレードシリーズは、本作の刊行時点で累計発行部数550万部を突破しています。第1作『マスカレード・ホテル』と第3作『マスカレード・ナイト』は、いずれも木村拓哉主演で映画になりました。
本作は、そうして広く知られたシリーズの5作目として、2025年7月30日に集英社から四六判の単行本で刊行されています。
手に取るなら
現在は集英社の単行本で読めます。新田の立場は作品を追うごとに変わってきたので、初めての人は第1作『マスカレード・ホテル』から刊行順にたどるのが近道です。
2人が出会う前を描いた短編集『マスカレード・イブ』、大晦日のカウントダウンパーティーを舞台にした『マスカレード・ナイト』、3つの殺人事件の関係者が同じホテルに集まる『マスカレード・ゲーム』と読み進めてから本作を開けば、新田が背負ってきた時間の重みがそのまま伝わってきます。
東野圭吾について
東野圭吾は1958年、大阪市生野区の生まれです。大阪府立大学工学部電気工学科を卒業し、日本電装(現デンソー)の技術者として働きながら推理小説を書き、1985年に『放課後』で第31回江戸川乱歩賞を受けてデビューしました。
翌年に会社を辞めて上京し、専業作家になっています。
長く大きな話題作に恵まれない時期が続きましたが、1998年の『秘密』が広く読まれ、翌年の第52回日本推理作家協会賞(長編部門)を受賞しました。2006年には『容疑者Xの献身』で第134回直木賞と第6回本格ミステリ大賞を受けました。
刑事・加賀恭一郎と物理学者・湯川学のシリーズを軸に、学園もの、本格の謎解き、サスペンス、ミステリの約束事を笑うパロディまで幅広く書き、2023年には著作の国内累計発行部数が1億部を超えています。同じ年に菊池寛賞、2024年に日本ミステリー文学大賞を受け、2026年7月に68歳で亡くなりました。
書誌情報
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