彼は完全犯罪を企てる。
容疑者Xの献身
数学者と物理学者、二人の天才の対峙。第134回直木賞と第6回本格ミステリ大賞をあわせて受けた、ガリレオシリーズ初の長編。
第134回直木三十五賞と第6回本格ミステリ大賞。性格の違う二つの賞を同時に受け、2005年度の主要ミステリランキング三誌でも国内1位を独占した作品が、東野圭吾『容疑者Xの献身』です。
隣人の母娘が起こしてしまった殺人を、天才と呼ばれる才能を持ちながら高校で数学を教える石神が隠そうとし、その謎に物理学者の湯川学が挑みます。二人は帝都大学の同期で、互いを認め合う親友でもありました。
隠す側と解く側に分かれた旧友どうしの物語が、ここから動き出します。
物語の入り口
石神は、高校の数学教師です。天才数学者と呼ばれるほどの才能がありながら、その才能にふさわしい場所を得られず、不遇な日々を送っています。
彼のささやかな支えは、隣に住む花岡靖子でした。一人娘の美里と二人で暮らす靖子に、石神は秘かな想いを寄せています。
想いを告げることもなく、ただ隣にいる。それだけの関係です。
ある日、靖子の前夫・富樫が、母娘の居場所を突き止めて訪ねてきます。金を無心し、暴力をふるう男。
追い詰められた靖子と美里は、富樫を殺してしまいます。呆然とする母娘。
そこへ石神が現れ、二人を救うために、完全犯罪を企てます。天才数学者が、その頭脳のすべてを、隣人の母娘を守るために使う。
だが皮肉にも、その謎に挑むことになるのは、物理学者の湯川学でした。石神とは帝都大学の同期で、親友でもある。
互いの能力を認め合った旧知の二人が、一方は犯罪を隠す側、もう一方は解く側として、向き合うことになります。
読者は、二人の天才の対峙を見守る位置に立たされます。片方は隣室の母娘のために頭脳を注ぎ、もう片方は研究者の目で謎に向き合う。
高校の教壇と大学の研究室、立つ場所の違う二つの頭脳がぶつかることが、この長編の核です。
読みどころ
読みどころは、同じ大学で学んだ数学者と物理学者が、事件を挟んで向き合う構図にあります。 石神は隠し、湯川は解く。
互いの能力を知り尽くした二人が、事件を挟んで向き合う。ミステリの構図としてこれ以上ないほど明快です。
しかも隠す側の石神を動かしているのは、自分のためではなく、想いを告げたこともない隣人の母娘を救いたいという気持ちです。解く側の湯川にとっても、相手は能力を認め合った親友であり、謎を解くことがそのまま旧友と向き合うことになります。
謎そのものと同じだけ、この二人の関係が頁を繰る手を引っ張ります。
もうひとつは、受賞歴の並び方です。謎解きの出来を問う本格ミステリ大賞、主要ランキング三誌の国内1位、アメリカのエドガー賞の候補に、一般文学の賞である直木賞が加わりました。
東野圭吾作品の読者人気ランキングでも第1位に選ばれ、累計は220万部を超えています。本格ミステリの投票でも、作家の愛読者による人気投票でも、同じ一冊が首位に立っていることになります。
こんな人におすすめ
緻密に組み上げられた論理を一段ずつ追いたい読者、誰が犯人かより、なぜ、を知りたい読者に向いています。東野圭吾をまだ読んでいない人が最初に開く一冊としても、これ以上のものはありません。
独立性が高く、ガリレオシリーズの前二作を知らなくても問題なく読めます。逆に、軽い読後感を求める気分のときには、この物語の重さは少しこたえるかもしれません。
作品の背景
『容疑者Xの献身』は、東野圭吾のデビューから数えて20年目、キャリアが円熟期に入った時期に書かれた長編です。2005年8月に文藝春秋から単行本で刊行され、のちに文春文庫に収められました。
電子版もあります。
受賞歴は、この作家の作品のなかでも群を抜いています。第134回直木三十五賞と、第6回本格ミステリ大賞のダブル受賞。
『このミステリーがすごい!』2006年版、『本格ミステリ・ベスト10』2006年版、『週刊文春ミステリーベスト10』2005年の国内編で、すべて1位。さらに、アメリカ探偵作家クラブが主催するエドガー賞の候補にもなりました。
2008年には福山雅治の主演で映画化され、韓国と中国でも映画化、舞台化もされています。ガリレオシリーズとしては第3作で、それ以前の『探偵ガリレオ』『予知夢』はいずれも短編集でしたから、『容疑者Xの献身』がシリーズ初の長編にあたります。
手に取るなら
現行版は文春文庫。ガリレオシリーズの第3作ですが、シリーズ初の長編で独立性が高く、ここからシリーズに入っても差し支えありません。
映画版を先に観た人は、細部の違いにも気づくでしょう。原作の湯川は帝都大学の所属で、映画版では東京大学に置き換えられています。
石神と同じ学び舎を出た同期という間柄は、原作の活字で読むとより近くに感じられるはずです。不遇の数学教師と、大学に残った物理学者。
二人が再び向き合う物語を、文庫で手元に。
東野圭吾について
東野圭吾は1958年、大阪市生野区の生まれです。大阪府立大学工学部電気工学科を卒業し、日本電装(現デンソー)の技術者として働きながら推理小説を書き、1985年に『放課後』で第31回江戸川乱歩賞を受けてデビューしました。
翌年に会社を辞めて上京し、専業作家になっています。
長く大きな話題作に恵まれない時期が続きましたが、1998年の『秘密』が広く読まれ、翌年の第52回日本推理作家協会賞(長編部門)を受賞しました。2006年には『容疑者Xの献身』で第134回直木賞と第6回本格ミステリ大賞を受けました。
刑事・加賀恭一郎と物理学者・湯川学のシリーズを軸に、学園もの、本格の謎解き、サスペンス、ミステリの約束事を笑うパロディまで幅広く書き、2023年には著作の国内累計発行部数が1億部を超えています。同じ年に菊池寛賞、2024年に日本ミステリー文学大賞を受け、2026年7月に68歳で亡くなりました。
書誌情報
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