強盗以外の誰かが殺した。
仮面山荘殺人事件
逃亡中の強盗に閉じ込められた湖畔の別荘で、さらに人が死ぬ。シリーズに属さず一冊で完結する、1990年の長編。
湖のほとりの別荘に、8人の男女が集まりました。車の転落事故で亡くなった婚約者を偲ぶための集まりです。
そこへ、逃げている最中の銀行強盗が押し入ってきます。外へは出られず、助けも呼べない。
そのなかで、さらに人が殺されます。ところが現場の様子からすると、強盗には犯行ができない。
集まった者どうしが互いを疑いながら、犯人を探しはじめます。『仮面山荘殺人事件』は、30代前半の東野圭吾が、湖畔の別荘を舞台に組み上げた、一作きりで完結するミステリです。
外から押し入った脅威と、内にいる殺人者。その二つに挟まれた人々の姿が、この作品の芯にあります。
物語の入り口
湖畔の別荘に集まったのは、8人の男女です。目的は、偲ぶ会。
車で転落死した婚約者を悼むために、関係者が一堂に会しました。悲しみの集まりではありますが、少なくとも危険な集まりではないはずでした。
湖畔の静かな別荘で、故人を悼み、夜を過ごす。それだけの予定でした。
そこへ、逃亡中の銀行強盗が侵入します。別荘は、湖畔に佇む孤立した建物です。
逃げられず、助けも呼べない。閉じ込める役を担っているのが、天候や地形ではなく、明確な意思を持った侵入者だというのが、この設定の面白いところです。
吹雪や嵐は、待てば去ります。人間は、待っても去りません。
しかも相手は、追われている身です。
その状況下で、さらに殺人事件が発生します。強盗に閉じ込められた別荘のなかで、人が死んだ。
ふつうなら、犯人は強盗だと考えるところです。ところが、現場の状況から、銀行強盗が犯人ではありえないことが判明する。
ならば、犯人はこの8人のなかにいる。偲ぶ会に集まった顔ぶれのなかに、人を殺した者がいる。
互いを見る目が変わり、居合わせた者たちは自分たちの手で犯人を探しはじめます。
読者は、その別荘の居間に、9人目として座らされます。外には出られない。
強盗が見張っている。そして、隣に座っている誰かが、人を殺した。
故人を偲ぶために顔を合わせた誰もが、ここでは疑う側であり、同時に疑われる側でもあります。侵入者の圧力が、集まった人々の建前を一枚ずつ剥がしていく。
225ページという分量に、その圧力が隙間なく詰まっています。長い夜が、別荘のなかで始まります。
読みどころ
閉じ込める役を務めるのが天候ではなく意思を持った侵入者で、その圧力が最後までゆるみません。 クローズドサークルは、ミステリの定番の盤面ですが、ふつうは吹雪や孤島がその役を担います。
本作では、逃亡中の強盗がその役を務める。吹雪は誰の味方もしませんが、侵入者には侵入者の都合があります。
閉じ込められた人々は、外の脅威と内の殺人者の両方に挟まれます。建前が剥がれ、嘘が露わになっていく速度は、この二重の圧力のぶんだけ速い。
短い分量のなかで緊張が途切れないのは、この設定の力です。
もうひとつは、結末です。読み終えた人が、つい誰かに感想を言いたくなる。
そういう種類の締めくくりが、この作品には用意されています。偲ぶ会、強盗の侵入、殺人、そして犯人探し。
その道具立てが、新装版でも294ページという小さな器に収まっていて、結末までの距離は短い。シリーズには属さず、前提知識も要りませんから、東野圭吾をまだ一作も読んでいない人も、長く読んできた人も、同じ条件でその結末に立ち会うことになります。
こんな人におすすめ
館・クローズドサークルの盤面に心が躍る読者、短い分量で密度の高いミステリを求める読者に向いています。東野圭吾をこれから読む人の最初の一冊としても、よくできています。
一晩で読み切れる長さです。読み始めたら、途中で閉じるのは難しいでしょう。
逆に、重厚な人間ドラマや長い物語に浸りたい気分のときには、この作品の小ささは物足りないかもしれません。小さいことが、この本の強みです。
作品の背景
本作が出た1990年前後は、東野圭吾が『卒業』『学生街の殺人』『鳥人計画』『宿命』『変身』『ある閉ざされた雪の山荘で』と、性格のまるで違う長編を立て続けに発表していた時期にあたります。性格の違う長編が並ぶ30代前半の仕事のなかで、本作はトクマ・ノベルズで225ページという小ぶりな一冊です。
刊行は1990年12月、徳間書店のトクマ・ノベルズから。1995年3月に講談社文庫に入り、2024年6月には講談社文庫の新装版が出ました。
新装版は294ページです。韓国語版が2014年、中国語版が2018年に出ていて、刊行から34年後に、新装版が組まれたことになります。
手に取るなら
現行版は講談社文庫の新装版です。シリーズには属さない一冊完結の長編ですから、他の東野作品を読んでいなくても問題ありません。
湖畔の別荘で、強盗に閉じ込められた8人の男女と一緒に、夜を明かしてみてください。読み終えたら、誰かに話したくなるはずです。
ただし、話すときは相手が未読かどうかを、まず確かめてから。
東野圭吾について
東野圭吾は1958年、大阪市生野区の生まれです。大阪府立大学工学部電気工学科を卒業し、日本電装(現デンソー)の技術者として働きながら推理小説を書き、1985年に『放課後』で第31回江戸川乱歩賞を受けてデビューしました。
翌年に会社を辞めて上京し、専業作家になっています。
長く大きな話題作に恵まれない時期が続きましたが、1998年の『秘密』が広く読まれ、翌年の第52回日本推理作家協会賞(長編部門)を受賞しました。2006年には『容疑者Xの献身』で第134回直木賞と第6回本格ミステリ大賞を受けました。
刑事・加賀恭一郎と物理学者・湯川学のシリーズを軸に、学園もの、本格の謎解き、サスペンス、ミステリの約束事を笑うパロディまで幅広く書き、2023年には著作の国内累計発行部数が1億部を超えています。同じ年に菊池寛賞、2024年に日本ミステリー文学大賞を受け、2026年7月に68歳で亡くなりました。
書誌情報
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