戦後昭和国内 1977
地下牢の少女を救おうとした。
それが連続殺人の始まり。
『マリオネットの罠』赤川次郎

書評

マリオネットの罠

破格の条件で招かれた洋館で、青年は地下に幽閉された少女と出会う。

マリオネットの罠 表紙画像
赤川次郎 文藝春秋(文春文庫)1977年
目次

3カ月の住み込みで、報酬は100万円。フランス留学から戻ったばかりの青年が恩師の紹介で得たのは、広大な敷地に屋敷を構える一家で、美人姉妹にフランス語を教える家庭教師の口でした。

赤川次郎『マリオネットの罠』は、この仕事から幕を開けます。ところが、その洋館の地下には牢獄がありました。

デビューの翌年に世に出た、著者にとって最初の長い物語です。

物語の入り口

主人公の上田修一は、フランス留学から帰国したばかりの青年です。異国で学んだ言葉を携えて日本に戻ってきた彼のもとに、恩師の紹介で、フランス語の家庭教師の仕事が舞い込みます。

条件は3カ月間の住み込みで、報酬は100万円。教える相手は、峯岸家の美人姉妹です。

峯岸家は広大な敷地に洋館を構える一家で、青年はその屋敷で寝起きしながら、姉妹に語学を教えることになります。住み込みの家庭教師ですから、仕事の場と暮らしの場が一つの建物の中に重なります。

留学で身につけたフランス語が、そのまま仕事に結びつく。帰国した青年の最初の一歩として、物語はここから動き始めます。

恩師が取り持った縁であり、条件もはっきりしている。こうして青年は、姉妹の待つ家へ向かいます。

そして、ある日のことです。修一は、洋館の地下に牢獄があることを見つけます。

そこに幽閉されていたのは、峯岸家の3女・雅子でした。ガラスのように脆い神経をもった美少女です。

姉妹にフランス語を教えるために招かれた家で、青年は、教える相手とは別の、地下に閉じ込められた少女と出会うことになります。広い敷地に建つ屋敷の、その足もとに牢がある——家庭教師として招かれた青年は、思いがけない場所で思いがけない相手と向き合います。

修一は、この少女を助け出そうとします。けれども、それが連続殺人の始まりでした。

フランス帰りの青年、住み込みの家庭教師、洋館の美人姉妹、地下の牢、幽閉された3女。道具立てがそろったところで、事件の幕が上がります。

読みどころ

醍醐味は、住み込みの家庭教師という穏やかな話が、連続殺人へ転じていく勢いにあります。

物語が最初に差し出すのは、一つの職場です。3カ月の住み込みで、美人姉妹にフランス語を教える。

帰国したばかりの青年が恩師を通じて得た、条件のはっきりした仕事でした。その同じ屋敷の地下に牢があり、少女が幽閉されている。

語学を教える仕事として始まった物語が、雅子を助け出そうとした修一の一歩を境に、連続殺人の話へと転じます——帰国から家庭教師の依頼、地下の牢、そして事件の幕開けまで、出来事が次々に連なっていく運びが、頁をめくる手を先へ押し出します。

もうひとつは、赤川次郎という作家の出発点に立ち会えることです。「幽霊列車」で受賞した翌年にこの作品が出て、さらにその翌年に『三毛猫ホームズの推理』を送り出す。

わずか3年のあいだに、書き手の歩みは大きく動きました。デビュー翌年のこの作品がいまも新装版と電子版で読めること、1985年のランキングで80位に入ったこと。

どちらも、刊行当時だけの話題に終わらなかったことを示す事実です。

こんな人におすすめ

屋敷と地下の牢という舞台立てに心が動く人に向いています。赤川次郎の名前は知っていても、最初の長篇にはまだ触れていない人にも手に取ってほしいところです。

著作を刊行順にたどりたい人にとっては、長篇の起点になります。住み込みの家庭教師、洋館の姉妹、地下の少女という取り合わせは、それだけで物語の匂いを濃く漂わせています。

古い屋敷を舞台にしたミステリーを好んで読んできた人なら、この道具立ての並びに引き寄せられるはずです。

作品の背景

『マリオネットの罠』は1977年7月、文藝春秋から刊行されました。前年の1976年に「幽霊列車」でデビューしたばかりの赤川次郎が、最初に世に問うた長い物語です。

刊行から8年後、1985年版の『東西ミステリーベスト100』で、本作は国内編の80位に選ばれています。デビュー2年目に書かれた作品が、時を置いて名の知れたランキングに名を連ねた——その事実が、刊行後の受け止められ方を伝えています。

手に取るなら

いま手に取るなら、文春文庫の新装版です。2006年11月の刊行で、384ページ。

文春文庫には1981年3月に初めて入り、四半世紀を経て新装版に改められました。電子書籍でも読めます。

単行本の刊行は1977年ですから、半世紀近く前の作品がいまも現行版で読めることになります。3カ月・100万円の家庭教師の口から始まる物語は、赤川次郎の出発点として、いまもこの文庫の中にあります。

赤川次郎について

赤川次郎は1948年、福岡市に生まれました。桐朋高等学校を卒業して日本機械学会の事務局に就職し、勤めのかたわら小説を書き続けます。

1976年、「幽霊列車」で第15回オール讀物推理小説新人賞を受けてデビューしました。1978年に光文社カッパ・ノベルスから出た『三毛猫ホームズの推理』が大きな反響を呼び、12年の会社勤めを終えて30歳で専業作家になりました。

その直後に『セーラー服と機関銃』を発表しています。

以後も三毛猫ホームズシリーズのほか、〈早川一家〉、「三姉妹探偵団」、「杉原爽香」など数多くのシリーズを抱え、著作の累計発行部数は2015年時点で3億3000万部を超えました。2006年に第9回日本ミステリー文学大賞を受け、2016年にはデビュー40年目にして『東京零年』で第50回吉川英治文学賞を受けています。

書誌情報

出版社
文藝春秋 / 文春文庫
刊行年
1977
ISBN-13
9784167262273
系譜
戦後昭和国内 / クローズドサークル
受賞歴

赤川次郎をもっと読む

全作品一覧へ →

似た読み味を、他の作家で

気分タグ・系譜の重なりから自動抽出。★は管理人が実読して太鼓判を押した本

この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

プロフィールを見る →