本物の連続殺人が襲う。
十角館の殺人
大分県沖の無人島に立つ十角形の館へ大学ミステリ研の7人が渡る、新本格の出発点となった第1作。
大分県沖の無人島に、十角形の奇妙な館が建っている。そこへ大学ミステリ研の7人が、一週間の合宿に渡る。
『十角館の殺人』の盤面は、それだけです。孤島、限られた人数、外との遮断。
古典本格が繰り返し使ってきた型を、綾辻行人はデビュー作で真正面から踏みました。1987年9月に講談社ノベルスから出たこの一冊は、「新本格ミステリ」と呼ばれる流れの出発点になり、いまも読み継がれています。
物語の入り口
大分県のK大学に、推理小説研究会があります。その部員7人が、1986年3月、大分県沖の無人島・角島へ渡る。
目当ては、島に建つ十角形の奇妙な館。合宿は一週間の予定です。
本が世に出るおよそ一年半前という、当時の読者にとってはほとんど地続きの時期です。推理小説を読み、語り合うことを日常にしている学生たちにとって、孤島の奇妙な館は、これ以上ないほど誂え向きの舞台でした。
この館を建てたのは、中村青司という建築家でした。館シリーズを通じて姿を見せることになる名前です。
彼は半年前、同じ島の青屋敷が炎上したとき、その火の中で焼死したと伝えられています。学生たちが渡ったのは、そういう来歴を持つ場所です。
十角形のホール、十角形の部屋。建物の奇矯さは、それ自体が合宿の目的のようなものでした。
焼け落ちた青屋敷と、残された十角館。島にはその二つの建物の記憶が、まだ生々しく残っています。
やがて、学生たちを連続殺人が襲います。メンバーが一人、また一人と、殺されていく。
外部との連絡はなく、島から出る手段もない。残された者たちは、自分たちのなかに殺人者がいるのかどうかを、自分たちで考えなければならない。
推理小説を読んできた者たちが、推理小説そのもののような状況に置かれる。その皮肉が、この合宿の空気をじわじわと締めつけていきます。
読者は、その館のなかに座らされます。誰かが死に、残った者が顔を見合わせる。
外に助けを求められない以上、疑いの目は館のなかの顔ぶれにしか向きようがありません。見覚えのある盤面のうえで、次に誰が倒れるのか。
その緊張を抱えたまま、ページは進みます。
読みどころ
孤島、奇矯な館、外との遮断。古典本格が繰り返し使ってきた盤面が、デビュー作で正面から組み上げられています。
十角形のホールと十角形の部屋を持つ館は、それだけで舞台装置として目を引きます。そこへ推理小説好きの学生たちを送り込み、外との行き来を断つ。
使い古されたとも言える盤面を、ためらわずに差し出したところに、デビュー作の度胸があります。
もうひとつは、この一冊が持った歴史的な意味です。1987年に本作が出たことで、「新本格」と呼ばれる書き手たちの流れが始まりました。
デビュー作で孤島へ渡らせたのは、大学ミステリ研の面々でした。作者自身が学生時代に身を置いていたのと、同じ種類の集まりです。
学生時代に古典を読み込んだ書き手が、その古典の盤面を正面から差し出したデビュー作から、ひとつの時代が始まったことになります。
こんな人におすすめ
ミステリという形式そのものが好きな読者、古典本格の盤面に安心して腰を下ろせる読者に向いています。国内ミステリの現在地を知るうえで、避けて通れない一冊でもあります。
推理小説を語り合う学生たちが孤島の館で一週間を過ごす、という設定そのものに心が動く人にも向いています。逆に、心理描写や人間ドラマの厚みを第一に求める人には、この学生たちの合宿は少し骨組みが目立つかもしれません。
作品の背景
綾辻行人が本作でデビューしたのは1987年です。刊行は同年9月5日、講談社ノベルスから。
1991年9月に講談社文庫に入り、2007年10月には新装改訂版が出ました。館シリーズは本作に始まり、2012年の『奇面館の殺人』まで9冊を数えます。
刊行から時間が経っても評価は下がるどころか広がり続け、『週刊文春』の「東西ミステリーベスト100」2012年版では国内編の第8位に入り、2023年にはTIME誌の「史上最高のミステリー&スリラー本」オールタイム・ベスト100にも選ばれました。清原紘による漫画版が『月刊アフタヌーン』に2019年10月号から2022年6月号まで連載され、2024年3月からはHuluで実写ドラマも配信されています。
手に取るなら
現行版は講談社文庫の新装改訂版で、512ページあります。館シリーズを順に読むなら、ここから始めるのが自然です。
漫画版とドラマ版もありますが、ここで紹介したのは講談社文庫の原作です。1986年3月、一週間の予定で角島へ渡る7人の合宿に、最初の頁から付き合ってみてください。
綾辻行人について
綾辻行人は1960年、京都市の生まれです。京都大学教育学部に進んで京大推理小説研究会に所属し、のちに妻となる小野不由美と同期でした。
研究会には我孫子武丸や法月綸太郎も在籍しています。大学院在学中の1987年に『十角館の殺人』でデビューし、この一作がのちに「新本格」と呼ばれる流れの起点になりました。
1992年には『時計館の殺人』で第45回日本推理作家協会賞(長編部門)を、のちには第22回日本ミステリー文学大賞を受けています。
奇妙な館を舞台にした館シリーズを書き継ぐ一方で、囁きシリーズや『殺人鬼』、『Another』、『深泥丘奇談』の連作など、恐怖と怪奇を主眼に据えた作品にも長く取り組んできました。漫画家の楳図かずおを「わが心の師」と公言しており、謎解きの骨組みを組み上げる仕事と、怖さを描く仕事を並行して続けてきた作家です。
書誌情報
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