ミステリーとしての読みどころ
南太平洋に浮かぶ島でひらかれる、"創作アトリエ"。招いたのは人気ベストセラー作家、集まったのは彼の熱烈なファンである作家志望の女性五人です。
憧れの書き手のもとで筆をとる、願ってもない数日になるはずでした。ところが肝心の作家が姿を消し、女性たちは次々に死体となって発見されていきます。
『恐るべき太陽』は、遠い島に閉じ込められた顔ぶれのなかから、ひとり、またひとりと数が減っていくフランス発のミステリーです。
著者について
著者のミシェル・ビュッシは、大学教授としての顔も併せ持つフランスの人気作家。日本では『彼女のいない飛行機』『黒い睡蓮』が紹介され、着実に読者を増やしてきました。
本書の原書が世に出たのは2020年、日本語版は2023年に集英社文庫から届いています。
版元がこの作品に掲げた看板は、「クリスティーへの挑戦作」。孤島、限られた顔ぶれ、ひとりずつ欠けていく人数——謎解きミステリーの古典が磨き上げてきた様式を、正面から引き受けると宣言しているに等しい一言です。
看板が大きければ、読者の期待も遠慮なく高くなります。その視線を承知のうえで書かれた一冊なのだと、最初のページを開く前から伝わってくる。
舞台となるのは、仏領ポリネシアのヒバオア島です。地図の上では南太平洋にぽつんと打たれた点にすぎない島。
画家ゴーギャンが、そして歌手ジャック・ブレルが愛した島でもあります。写真で目に入るのは陽光と海の色ばかりですが、島のあちこちには謎めいた石像ティキが据えられ、訪れる者をじっと見守っています。
芸術に縁の深い土地であり、同時に、都会の尺度がそのまま通じるとは限らない土地でもある。"創作アトリエ"の開催地として、これほど人を高揚させる場所もそうはないでしょう。
その島へ、一人のベストセラー作家が五人の女性を招きます。選ばれたのは、彼の熱烈な読者であり、自分でも書くことを志している人たち。
名を成した書き手から直接ものを教わり、原稿に目を通してもらえる——ものを書きたいと願う者にとって、これほど強く心をつかむ誘いはありません。創作アトリエと聞いて思い浮かぶのは、朝の机と白い原稿、夜通しの語らいといった光景でしょう。
応じた五人が地球の反対側まで足を運んだのも、無理からぬことでした。招かれたということ自体が、書き手として見込まれた証でもあったのですから。
ところが、アトリエは思い描かれたようには始まりません。主宰するはずの作家が失踪してしまうのです。
頼るべき中心を欠いたまま、島に残されたのは招かれた側だけ。そして女性たちは、次々に死体となって発見されていきます。
逃げ道の少ない土地で、顔ぶれが確実に減っていく。
アトリエという言葉が最初に帯びていた明るい響きは、こうして別の色へ塗り替えられていきます。学ぶために集まった場所が、身を寄せ合うほかない場所へ変わる。
招かれたという幸運が、そのまま抜け出せないという事実と背中合わせだったことに、参加者たちは遅れて気づくことになります。版元がこの物語に添えた問いかけは、そのまま読者へも差し出されます——最後に残るのは、誰?
読みどころ
読みどころは、閉ざされた場所の連続殺人という古い様式を、南の島の明るい景色のなかで成立させてみせるところにあります。 この型の物語には、外へ助けを求められないという条件が欠かせません。
本書がその条件を引き受けさせた場所は、太陽の照りつける南太平洋の島でした。開けた空の下、水平線はどこまでも見えているのに、そこから先へは行けない。
明るさと逃げ場のなさが同居する舞台は、それだけで落ち着かない手触りを生みます。
読み進めるあいだ、読者はアトリエの名簿に載っていない六人目のような位置に置かれます。誰と誰が同じ島にいて、いま何人が残っているのか。
指を折りながらページをめくる感覚は、この型の物語ならではのものでしょう。島の風物や土地の匂いが物語の空気に厚みを与えているのも見逃せません。
事件の進行とは別のところで、南太平洋の景色がゆっくり立ち上がってくる楽しさがあります。
こんな人におすすめ
相性で言えば、逃げ場のない場所に人が集められ、ひとりずつ失われていく——その古典的な設定に胸が高鳴るタイプの読者には、迷わず勧められる一冊です。舞台の遠さ、風土の異国らしさも、その楽しみを底上げしてくれます。
一方で、街を歩き回って聞き込みを重ねる警察小説の手触りや、腰を据えた社会派の重みを求めて手に取ると、狙いの違いに戸惑うかもしれません。人が減っていく緊張をどこまで持続させられるかに力点が置かれた作品なので、静かな余韻を求める気分より、張りつめた時間に身を置きたい気分のときに向いています。
手に取るなら
入手は集英社文庫版で。ビュッシは日本でも『彼女のいない飛行機』『黒い睡蓮』が読めますから、本書で肌が合うと感じたなら、そちらへ進むのもいいでしょう。
フランスの人気作家が、謎解きミステリーの王道の型へ真正面から挑んだ一作です。孤島ものの棚に新しい一冊を加えたい読者に、まず手に取ってほしい作品です。