残されたのは「魔女」の一語。
緋色の囁き
名門女子校の「開かずの間」で少女が死に、「魔女」という言葉だけが残される囁きシリーズ第1作。
名門・聖真女学園高校の「開かずの間」で、少女が死んだ。残されたのは、「魔女」という謎の言葉だけ。
『緋色の囁き』は、その一件を幕開けとして、美しくも残酷な連続殺人劇が動き出す長編です。転入生・冴子の心にひそむ「赤い記憶」の秘密。
夜ごとに少女たちを襲う殺人者の正体。館シリーズと並走しながら書かれた「囁き」シリーズの第一弾で、綾辻行人のもうひとつの顔がここにあります。
物語の入り口
舞台は、名門と呼ばれる女子校です。聖真女学園高校には「開かずの間」と呼ばれる場所があり、そこで少女がひとり死にました。
彼女が残したのは、「魔女」という謎めいた言葉だけ。誰が魔女なのか、そもそも魔女とは何を指すのか。
学園には、その言葉だけが取り残されます。名門校の整った日常に、いきなり穴があいたようなものです。
少女たちは動揺し、噂が走り、魔女という言葉だけがひとり歩きを始めます。
問いは、こう投げかけられます。本当の「魔女」は誰か。
この一件は、美しくも残酷な連続殺人劇の幕開けにすぎません。夜ごとに、少女たちが襲われていく。
閉ざされた学園のなかで、殺人者の影は少しずつ濃くなっていきます。誰もが疑い、誰もが怯える。
それでも学園の日常は、表向きは続いていきます。
そこへ転入してきたのが、冴子です。彼女の心には、「赤い記憶」の秘密がひそんでいます。
死んだ少女が残した「魔女」の一語、夜ごとに少女たちを襲う殺人者、そして転入生の胸の秘密。幕が上がった時点で、読者の前には三つの謎が並べて差し出されています。
読者は、少女たちの通う学園の廊下に立たされます。名門校という整った外見の内側に、開かずの間があり、魔女という言葉があり、夜ごとの殺人がある。
日常と怪異の境目が、ページを追うごとにあいまいになっていく。学園を覆っていく不穏さは、その境目からにじみ出てきます。
読みどころ
怪奇と幻想の色を、謎解きの骨組みと同じ濃さで塗り重ねた長編であること。そこが、館シリーズとは別の入り口になっています。
館シリーズの綾辻行人しか知らない人は、ここで作家のもうひとつの顔に出会うことになります。魔女、開かずの間、赤い記憶。
道具立ては怪奇小説のそれですが、殺人者の正体は誰か、という問いは最後まで本格の形で立っています。美しさと残酷さが同じページに同居する筆致は、この作家の初期作品のなかでもとりわけ濃い。
怪奇小説として読んでも、本格ミステリとして読んでも、どちらの読み方にも応えてくれる。その二重の手応えが、三部作の入り口として本作を支えています。
もうひとつは、名門女子校という舞台の使い方です。閉ざされた学園、少女たち、夜。
外の世界から切り離された場所で、恐怖が静かに育っていく。死んだ少女の残した「魔女」という一語が、噂となって少女たちのあいだを渡り歩くことも、その恐怖を太らせます。
逃げ出す先のない少女たちにとって、夜は毎晩やってきます。綾辻行人が館という建物で繰り返してきた「閉ざされた場所」の感触が、ここでは学園という形で立ち上がっています。
こんな人におすすめ
怪奇と幻想の香りが漂うミステリを好む読者、女子校という閉ざされた世界の不穏さに惹かれる読者に向いています。館シリーズを読み終えて、この作家の別の顔を知りたい人にも最初の一冊として薦められます。
逆に、血の匂いや狂気の描写が苦手な人は、夜ごとに少女たちが襲われていく連続殺人の物語であることを念頭に置いてください。
作品の背景
『緋色の囁き』は1988年10月、祥伝社ノン・ノベルから刊行されました。1993年7月にノン・ポシェット、1997年11月に講談社文庫と版を重ね、2020年12月には作者自身が全面改訂した新装改訂版が講談社文庫から出ています。
現行版はこの新装改訂版で、560ページ、電子版もあります。続く『暗闇の囁き』『黄昏の囁き』とあわせて三部作をなし、その幕開けを担います。
デビュー作から始まる館シリーズが本格の型を追い詰めていく連作だとすれば、本作から始まる「囁き」シリーズは、怪奇と幻想の色を前に出したもうひとつの連作です。綾辻行人は同じ時期に、まるで違う二つの流れを並行して書いていたことになります。
手に取るなら
現行版は講談社文庫の新装改訂版。作者自身の手で全面改訂されたものですから、これから読むならこの版が最良です。
三部作の第一弾ですが、開幕の巻ですから、シリーズの知識はいりません。館シリーズとはまるで違う夜の学園へ、まずはこの一冊から。
魔女は誰か。その問いを抱えたまま、開かずの間の前に立ってみてください。
扉の向こうで、物語が待っています。
綾辻行人について
綾辻行人は1960年、京都市の生まれです。京都大学教育学部に進んで京大推理小説研究会に所属し、のちに妻となる小野不由美と同期でした。
研究会には我孫子武丸や法月綸太郎も在籍しています。大学院在学中の1987年に『十角館の殺人』でデビューし、この一作がのちに「新本格」と呼ばれる流れの起点になりました。
1992年には『時計館の殺人』で第45回日本推理作家協会賞(長編部門)を、のちには第22回日本ミステリー文学大賞を受けています。
奇妙な館を舞台にした館シリーズを書き継ぐ一方で、囁きシリーズや『殺人鬼』、『Another』、『深泥丘奇談』の連作など、恐怖と怪奇を主眼に据えた作品にも長く取り組んできました。漫画家の楳図かずおを「わが心の師」と公言しており、謎解きの骨組みを組み上げる仕事と、怖さを描く仕事を並行して続けてきた作家です。
書誌情報
綾辻行人をもっと読む
全作品一覧へ →似た読み味を、他の作家で
気分タグ・系譜の重なりから自動抽出。★は管理人が実読して太鼓判を押した本