現代国内 1988
仮面の当主と孤独な妻。
去年の惨劇は今年も来るか。
『水車館の殺人』綾辻行人

書評

水車館の殺人

仮面の当主と若く孤独な妻が暮らす水車館で、1年前の嵐の夜の惨劇が今年も繰り返されるのかが問われる館シリーズ第2作。

水車館の殺人 表紙画像
綾辻行人 講談社(講談社文庫・新装改訂版)1988年
目次

仮面をつけた当主と、若く孤独な妻が暮らす水車館。『水車館の殺人』は、館シリーズ第2作にして、第1作の賑やかな孤島とはまるで違う温度の場所へ読者を連れていきます。

1年前の嵐の夜、この館では不可解な惨劇が起きました。それが今年も繰り返されるのか。

密室から消失した男の謎と、幻想画家・藤沼一成の遺作「幻影群像」をめぐる秘密。『十角館の殺人』の5か月後に開かれた、二枚目の扉です。

物語の入り口

水車館の当主は、藤沼紀一といいます。過去に顔に傷を負い、仮面をつけ、車椅子で暮らしている。

同じ屋根の下にいるのは妻の由里絵で、若く、美しく、そして孤独です。館と財産を紀一に遺したのは、父である幻想画家・藤沼一成。

すでに故人となったこの画家の遺作「幻影群像」をめぐって、ある秘密が絡んでいるらしい。仮面と車椅子の当主、若く孤独な妻、亡き幻想画家の遺作。

館の内側には、それだけで一篇の物語が成り立ちそうな要素が、最初から揃っています。

1年前の嵐の夜、この館では不可解な惨劇が起きました。そのなかに、密室から消失した男の謎があります。

閉ざされた部屋から人が消えるという、本格ミステリの古典的な不可能状況が、仮面の当主の館の過去に刻まれているのです。そして問いは、一年後の今へ向けられます。

嵐の夜のあの出来事は、今年も繰り返されるのか。一年前に起きたことの全容は、まだ誰にも見えていません。

見えないまま、同じ季節がめぐってきます。

物語は、1年前と現在という二つの時間を行き来しながら進みます。同じ館、同じ季節。

人の出入りが限られた屋敷のなかで、事件より先に、館の内側の関係が少しずつ置かれていく。仮面の下に何があるのか、由里絵はなぜ孤独なのか、遺作にはどんな秘密があるのか。

問いが宙に浮いたまま、嵐の夜が近づいてきます。水車の音が聞こえる館で、人々は一年前と同じ夜を迎えることになります。

読者は、この館の客人のひとりとして、廊下の暗がりに立たされます。第1作のような学生たちの喧噪はなく、館そのものが静かに軋んでいる。

館シリーズを通じて建物の謎に立ち会うことになる島田潔も、この屋敷を訪れる人物のひとりです。

読みどころ

事件より先に、館の内側の関係が置かれていくこと。この読み口が、本作を第1作と分けています。

仮面の当主、孤独な妻、亡き画家の遺作。道具立てはゴシックな趣味に満ちていますが、綾辻行人はそれを飾りとしては使いません。

閉ざされた屋敷に住む人たちの、逃げ場のない距離感。それが謎の土台になっている。

密室からの消失という不可能興味と、人の関係の重苦しさが、同じ館のなかで並んでいます。派手に人が動き回る話ではありません。

そのぶん、館に籠もった空気の濃さが、ページから立ち上ってきます。顔ぶれが限られているぶん、誰がどの部屋にいて誰と向き合っているのかが、いつも読み手の意識に残ります。

もうひとつは、二つの時間を行き来する構えです。1年前の嵐の夜と、今年の嵐の夜。

同じ場所で繰り返されるかもしれない出来事を、読者は両方の時間から眺めることになります。デビュー作で古典の型を踏んだ作家が、二作目でどんな場所へ動いたのか。

学生たちの声が響く孤島から、水車の回る静かな屋敷へ。同じ作家が同じ館の枠組みのなかで、これほど温度の違う場所を建てていることは、二冊を続けて読むとはっきり伝わってきます。

こんな人におすすめ

ゴシックな屋敷と閉ざされた人間関係に惹かれる読者、不可能興味のある密室物を好む読者に向いています。『十角館の殺人』を読んで館シリーズに入った人には、迷わず二冊目として薦められます。

逆に、明るく軽やかな読み口を求める気分のときには、この館の湿った空気は少し重たく感じられるかもしれません。

作品の背景

本作は、綾辻行人が1987年9月に『十角館の殺人』でデビューしてからわずか5か月後、1988年2月5日に講談社ノベルスから出ています。デビューから半年たたないうちに、第1作とはまったく違う手触りの館が差し出されたことになります。

1992年3月に講談社文庫に入り、2008年4月には新装改訂版として全面改訂されました。現行版はこの新装改訂版で、464ページ。

解説は有栖川有栖です。ノベルスの初刊から、ちょうど二十年目の出し直しです。

手に取るなら

現行版は講談社文庫の新装改訂版。館シリーズの第2作ですが、本作単独でも筋は追えます。

ただ、シリーズを通じて建物の謎に立ち会う島田潔という人物の存在を知っていると、読み心地は少し変わります。順番どおり、『十角館の殺人』の次に手に取るのが、いちばん素直な入り方です。

嵐の夜、仮面の当主が待つ館へ。

綾辻行人について

綾辻行人は1960年、京都市の生まれです。京都大学教育学部に進んで京大推理小説研究会に所属し、のちに妻となる小野不由美と同期でした。

研究会には我孫子武丸や法月綸太郎も在籍しています。大学院在学中の1987年に『十角館の殺人』でデビューし、この一作がのちに「新本格」と呼ばれる流れの起点になりました。

1992年には『時計館の殺人』で第45回日本推理作家協会賞(長編部門)を、のちには第22回日本ミステリー文学大賞を受けています。

奇妙な館を舞台にした館シリーズを書き継ぐ一方で、囁きシリーズや『殺人鬼』、『Another』、『深泥丘奇談』の連作など、恐怖と怪奇を主眼に据えた作品にも長く取り組んできました。漫画家の楳図かずおを「わが心の師」と公言しており、謎解きの骨組みを組み上げる仕事と、怖さを描く仕事を並行して続けてきた作家です。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社文庫・新装改訂版
刊行年
1988
ISBN-13
9784062760324
系譜
現代国内 / クローズドサークル · シリーズ探偵物

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リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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