その館で殺人が始まった。
迷路館の殺人
地下の迷路館で、4人の作家が賞金を懸けてこの館を舞台にした推理小説を書き比べる館シリーズ第3作。
奇妙奇天烈な地下の館、迷路館。そこへ招かれた4人の作家たちは、莫大な「賞金」をかけて、この館を舞台にした推理小説の競作を始めます。
ところがそれは、恐るべき連続殺人劇の開幕でもあった。『迷路館の殺人』は、建築家・中村青司の館をめぐる館シリーズの第3作です。
密室と化した地下迷宮で繰り広げられる、連続「見立て殺人」。推理作家たちが推理小説を書く館で、本物の事件が起こる。
設定を聞いただけで、ミステリ好きなら口元がゆるむはずです。
物語の入り口
館シリーズは、建築家・中村青司の手がけた館を舞台とする連作です。今回の舞台は、地下に造られた館です。
奇妙奇天烈、という形容がぴったりの建物です。地上ではなく地下。
しかも迷路。人が暮らす場所としては、いかにも常軌を逸した建物です。
ここへ、4人の作家が招かれます。地下に降りていく、という行為そのものが、外の世界からの遮断を意味します。
日の光の届かない迷路のなかで、招かれた者たちの時間が始まります。
彼らに課されるのは、この館を舞台にした推理小説を書くこと。莫大な賞金がかかっている。
作家たちは競い合うように筆を執りはじめます。自分たちが今いる建物を舞台に、それぞれの推理小説を組み立てていく。
ミステリ作家が集まって推理小説の競作をする、というだけなら、賑やかな遊戯で済んだかもしれません。賞金の額が大きいだけに、作家たちの筆にも熱がこもります。
ところが、その競作の開始は、恐るべき連続殺人劇の開幕でもありました。地下の迷宮は密室と化し、そのなかで連続「見立て殺人」が繰り広げられていく。
推理小説を書くために集まった作家たちが、本物の事件の当事者になります。小説の舞台として眺めていたはずの館が、いまは地上から切り離された事件の現場として、作家たちを取り囲んでいます。
読者は、その地下迷宮に閉じこめられた一人として、出口のない廊下を歩かされます。誰が、なぜ、何に見立てて。
問いの形はまぎれもなく本格のそれです。しかも舞台は推理作家たちの競作の場ですから、事件を見つめる目が館のなかに幾つも揃っている。
作家たちの推理と読者の推理が、同じ迷路のなかで競い合うことになります。
読みどころ
読みどころは、推理作家たちが推理小説を書く館で本物の連続殺人が起こる、その設定の遊び心にあります。 地下の迷路という常軌を逸した建物、見立てという古典的な趣向、賞金をかけた競作という舞台装置。
本格ミステリの道具箱をひっくり返したような賑やかさがあって、しかもそれが、最後まで一つの設計として組み上がっている。道具の多さと、組み立ての緻密さ。
その両方が、一冊のなかで手を取り合っています。
もうひとつは、館シリーズという連作のなかでの位置です。孤島の十角館、閉ざされた水車館ときて、三冊目は地下の迷路館。
舞台そのものが地面の下に潜り、外の世界との隔たりは一段深くなりました。建築家・中村青司の手がけた館、という枠組みを保ちながら、綾辻行人は一冊ごとに建物の性格をまるごと入れ替えてきました。
本作はそのなかでも、もっとも遊びの色が濃い一冊です。館シリーズを読み進めるなら、この三冊目で、作家の引き出しの多さを実感することになるでしょう。
こんな人におすすめ
本格ミステリの趣向そのものを楽しめる読者、見立て殺人や奇妙な建物という道具立てに心が躍る読者に向いています。莫大な賞金を前に、自分たちがいま立っている館そのものを題材にして、4人の書き手が筆を競う。
その腕比べの構図に惹かれる人にも向いています。館シリーズを順に読んできた人なら、三つ目の館として次に開くのはこれです。
逆に、リアリズムや人物の内面を第一に求める人には、この地下迷宮はいささか遊びが過ぎると映るかもしれません。
作品の背景
本作は館シリーズの第3作で、1988年9月5日に講談社ノベルスから初刊。第1作が1987年9月、第2作が1988年2月ですから、一年のあいだに三冊の館が建ったことになります。
現行版は2009年11月に出た講談社文庫の新装改訂版で、496ページ。電子版もあります。
デビュー作『十角館の殺人』からちょうど一年後に出た、シリーズのごく初期の作品です。
手に取るなら
現行版は講談社文庫の新装改訂版。館シリーズの第3作ですが、本作単独でも筋は追えます。
ただし、シリーズの枠組みを知っているほうが遊び心の輪郭がはっきりするので、『十角館の殺人』『水車館の殺人』の次に読むのがおすすめです。賞金のかかった競作が始まるその日は、連続殺人劇が幕を開ける日でもあります。
招かれた4人の作家の後ろについて、迷路館の階段を降りていく一冊です。
綾辻行人について
綾辻行人は1960年、京都市の生まれです。京都大学教育学部に進んで京大推理小説研究会に所属し、のちに妻となる小野不由美と同期でした。
研究会には我孫子武丸や法月綸太郎も在籍しています。大学院在学中の1987年に『十角館の殺人』でデビューし、この一作がのちに「新本格」と呼ばれる流れの起点になりました。
1992年には『時計館の殺人』で第45回日本推理作家協会賞(長編部門)を、のちには第22回日本ミステリー文学大賞を受けています。
奇妙な館を舞台にした館シリーズを書き継ぐ一方で、囁きシリーズや『殺人鬼』、『Another』、『深泥丘奇談』の連作など、恐怖と怪奇を主眼に据えた作品にも長く取り組んできました。漫画家の楳図かずおを「わが心の師」と公言しており、謎解きの骨組みを組み上げる仕事と、怖さを描く仕事を並行して続けてきた作家です。
書誌情報
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