戦後昭和国内 1983
白衣を着せ首に針金。
なぜその姿で殺したのか。
『夜よ鼠たちのために』連城三紀彦

書評

夜よ鼠たちのために

情念と論理が九つの物語で絡み合う、連城三紀彦の初期短編集。

夜よ鼠たちのために 表紙画像
連城三紀彦 宝島社(宝島社文庫)1983年
目次

脅迫電話で呼び出された医師と、その娘婿。二人は白衣を着せられ、首に針金を巻かれた姿で、相次いで見つかります。

犯人は何のために、二人をこの姿にしたのか。連城三紀彦『夜よ鼠たちのために』の表題作は、この異様な光景から始まります。

核となる短編が発表されたのは1981年から1983年にかけて、単行本は1983年。長く入手の難しい本でしたが、2014年9月に宝島社文庫から、9編・413ページに再編集された形で復刊されています。

物語の入り口

表題作の入り口は、一本の脅迫電話です。呼び出されたのは医師。

そして、その娘婿。二人は別々に、しかし同じ姿で見つかります。

白衣を着せられ、首には針金。医師が白衣を着ているのは不思議ではありませんが、娘婿にまで同じ装いが施されている。

犯人はなぜ、この二人を、この姿で殺したのか。そして、その目的はどこにあるのか。

白衣と針金という取り合わせは、それだけでは何も語りません。遺体が黙っているぶん、問いは見る側に重く残されます。

脅迫電話という型どおりの始まりから、型に収まらない光景へ、表題作の入り口は一足で踏み越えていきます。

収録は9編。表題作に限らず、どの編も限られた頁数のなかで一つの事件を立ち上げ、閉じていきます。

9編はそれぞれ独立していて、まとまった時間を取らなくても読み進められます。一編を読み終えたら、少し間を置く。

題名と冒頭を振り返ってから、次の編へ進む。そういう読み方が、この短編集にはよく似合います。

読み手は、異様な光景を前に立ち止まる位置から、それぞれの編に入っていきます。連城の短編は、光景の異様さを説明で解きほぐすのではなく、そこにいる人間の側から近づいていきます。

そこにいる人間どうしの結びつきへの問いが、事件の問いと最初から重なっています。

読みどころ

読みどころは、謎を解くことと、人を理解することが、別々に進まないところにあります。 何が起きたのかを考えることが、そのまま、登場人物どうしがどう結びついていたのかを考えることにつながっていく。

短編という限られた空間だからこそ、一つの情報が複数の意味を帯び、頁のうえの一行もゆるがせにできません。サスペンスの緊張と謎解きの論理だけでなく、人物が抱えた執念や愛情までが、結末へ向かう力になる。

それが、この時期の連城短編の型です。論理を追う読み方と、人物の心を追う読み方が、一編のなかで同じ道を通ります。

もうひとつは、版の来歴です。1983年の単行本から、1998年のハルキ文庫版を経て、2014年の宝島社文庫版へ。

新潮文庫版と講談社文庫版の二冊に分かれていた短編が、ハルキ文庫版で一冊にまとめられ、宝島社文庫版でさらに9編に編み直されました。三十年あまりのあいだ、この短編群は版を替えながら読まれてきたことになります。

宝島社文庫版は、その流れのなかでいちばん新しい版にあたります。

一冊としての統一感を求めて開くと、複数の版を再編集した成り立ちが気になるかもしれません。けれども、9編はそれぞれ独立していて、どこから読んでも損はありません。

むしろ、1981年から1983年にかけて発表された核の6編を含め、初期の連城短編を一度にまとめて読める形になっています。

作品の背景

この本の成り立ちは、少し込み入っています。核となる6編は1981年から1983年にかけて発表され、1983年にまとめられました。

現在の宝島社文庫版のもとになったのは、1998年のハルキ文庫版です。そのハルキ文庫版は、新潮文庫版『夜よ鼠たちのために』と講談社文庫版『密やかな喪服』を底本にして編まれました。

宝島社文庫版はそれを再編集したものです。『このミステリーがすごい!』2014年版の「復刊希望! 幻の名作ベストテン」では、第1位に選ばれました。

『東西ミステリーベスト100』の2012年版では国内86位に入っています。

手に取るなら

宝島社文庫版(2014年9月)は現在品切れです。古書か図書館で探すことになりますが、探す価値は十分にあります。

9編・413ページと分量があるので、一気に読むより、一編ごとに間を置く読み方が向いています。論理の鮮やかさだけでなく、物語の余韻も求める読者に勧めたい短編集です。

『戻り川心中』で連城三紀彦を知った読者には、同じ時期に書かれた短編をまとめて読める、得がたい本にもなるはずです。

連城三紀彦について

連城三紀彦は1948年、名古屋市の生まれです。本名は加藤甚吾で、早稲田大学政治経済学部を卒業しています。

短編「変調二人羽織」が第3回幻影城新人賞に入選し、同作が『幻影城』1978年1月号に載って世に出ました。1981年に「戻り川心中」で第34回日本推理作家協会賞(短編部門)、1984年には『宵待草夜情』で第5回吉川英治文学新人賞、『恋文』で第91回直木賞を受けています。

大胆な仕掛けと叙情の濃い文章を一つの作品のなかに同居させる作風で知られ、ミステリの技法を心の機微の描写に生かした恋愛小説でも評価を得ました。直木賞のあとは大衆小説に軸足を移しながら、誘拐ものや心理劇などのミステリも書き続けました。

1987年に得度した真宗大谷派の僧侶でもありました。1996年には『隠れ菊』で柴田錬三郎賞を受けています。

2013年10月に65歳で亡くなり、翌年、日本ミステリー文学大賞特別賞が贈られました。

書誌情報

出版社
宝島社 / 宝島社文庫
刊行年
1983
ISBN-13
9784800231734
系譜
戦後昭和国内 / 連作短編
受賞歴

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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