なぜか男二人で観覧車。
早朝始発の殺風景
始発電車や観覧車のゴンドラを舞台に、気まずさを密室に変えた5編の青春劇。
青春は、気まずさでできた密室だ。青崎有吾『早朝始発の殺風景』は、この一文がそのまま似合う短編集です。
始発の電車で遭遇したのは、普段あまり話さない同級生。ガラガラの車内で、二人は互いに早起きの理由を探り始めます。
部活の引退記念で来た遊園地で、なぜか男二人で観覧車に乗り込んだ先輩と後輩。後輩には、何か目的があるようです。
不器用な高校生たちの関係が、小さな謎と会話を通じて少しずつ変わっていく。場面転換なし、リアルタイム進行で書かれた五つの「青春密室劇」に、書き下ろしのエピローグが付いています。
2019年1月に集英社から出て、第73回日本推理作家協会賞の候補になりました。
物語の入り口
五編の発端を、順に並べます。表題作「早朝始発の殺風景」は、早朝始発の列車で出会った同級生の話です。
あまり仲はよくない男女の高校生が、ガラガラの車内で探り合いの会話を交わします。なぜ相手はこんな時間に電車に乗っているのか。
互いにそれを知りたがり、互いに自分の理由は言いたくない。「メロンソーダ・ファクトリー」は、女子高生三人がいつものファミレスにいる話です。
いつもの放課後、いつものメロンソーダ。ただひとつ違うのは、詩子が珍しく真田の意見に反対したことでした。
「夢の国には観覧車がない」は、高校生活の集大成、部活の引退記念で来た幕張ソレイユランドが舞台です。気になる後輩も一緒に来ているのに、なぜか男二人で観覧車に乗っている。
後輩には何か目的があるようです。「捨て猫と兄妹喧嘩」は、半年ぶりに会った兄の挨拶が軽かった、という話。
いかにも社交辞令という感じのやりとりですが、相談したいのはこんなことではない。「三月四日、午後二時半の密室」は、煤木戸さんがよりによって今日という日に学校を欠席した、という話です。
クラス委員として、家にまでお邪魔することになります。
そして書き下ろしの「エピローグ」は、登場人物総出演です。始発の車内、放課後のファミレス、観覧車のゴンドラ、欠席した同級生の家。
どの話も場面は一度も切り替わらず、会話は時計と同じ速さで進みます。
読みどころ
この短編集の読みどころは、場面転換なしのリアルタイム進行という縛りを、青春小説の武器に変えているところにあります。 電車の車内、ファミレスの席、観覧車のゴンドラ。
場所は動かず、時間は飛ばず、そこにいる二人か三人は、会話が終わるまでその場を離れられません。だから気まずい。
気まずいから、言葉の選び方に意味が生まれます。「青春は、気まずさでできた密室だ」という一文は、この構造をそのまま言い当てています。
逃げ場のない場所で、逃げ場のない会話をする。それが五編に共通する設計です。
もうひとつは、謎の小ささです。人の生き死にとは無縁の、事件未満の不思議ばかりが扱われます。
なぜ早起きしたのか。なぜ反対したのか。
なぜ男二人で観覧車に乗るのか。手がかりは会話や仕草の細部に仕込まれていて、謎が一つほどけるたびに、二人の距離が変わります。
謎を解くことと、相手を知ること——この短編集では、その二つが同じ行為です。本格の手続きで書かれた青春小説、あるいは青春小説の形をした本格。
どちらの読み方も、この本は受け止めてくれます。
殺人も密室トリックもありませんから、事件の大きさを求めて開くと、物足りなく感じるかもしれません。けれども、殺人がなくても論理は成立するということを、この短編集は五つの気まずい場面で証明しています。
その証明の仕方が、青春小説として胸に残ります。
作品の背景
この短編集は、密室、アリバイ、ダイイングメッセージと本格の古典的な型を正面から引き受けてきた書き手が、殺人を一切扱わずに書いたものです。単行本は2019年1月に集英社から、208ページで刊行されました。
第73回日本推理作家協会賞の長編および連作短編集部門の候補になっています。
手に取るなら
現行版は集英社文庫で、電子版もあります。五編はどれも場面が一つきりで、時間も途切れずに流れますから、一編を読み始めたら、会話が終わるまで一息に追うのが似合います。
裏染天馬シリーズで青崎有吾を知った人には、同じ書き手が殺人なしで何を書けるかを確かめる一冊です。ミステリを普段読まない人にも、青春小説として手渡せます。
始発の電車で、あまり仲のよくない同級生と乗り合わせた。その気まずさから、五つの密室劇が始まります。
扉が開くのは、会話が終わるときです。
青崎有吾について
青崎有吾は1991年、神奈川県横浜市の生まれです。明治大学文学部でミステリ研究会に所属し、在学中の2012年に『体育館の殺人』で第22回鮎川哲也賞を受けてデビューしました。
同賞で初めての平成生まれの受賞者です。
高校を舞台に観察と論理で犯人を一人に絞る〈裏染天馬〉シリーズ、怪物の実在する19世紀末を描く〈アンデッドガール・マーダーファルス〉、二人の探偵が謎を分担する〈ノッキンオン・ロックドドア〉と、舞台や設定を大きく替えながら、推理の手続きを省かずに見せる本格を書き続けてきました。2024年には『地雷グリコ』で第24回本格ミステリ大賞、第77回日本推理作家協会賞、第37回山本周五郎賞を受け、第171回直木賞の候補にもなっています。
書誌情報
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