自分を憎む七人を招いた。
私という名の変奏曲
七人が七人とも「殺したのは自分だ」と思い込む、異様な出発点の長編。
殺されるために、人を招く。連城三紀彦『私という名の変奏曲』の主人公、モデルのレイ子がすることは、それです。
自分を憎む七人の男女を、一人ずつ、自室に招待する。やがて死体が見つかります。
そして、招かれた七人の全員が、それぞれに「自分が犯人だ」と思い込んでしまう。犯人が名乗り出ないのではなく、全員が名乗り出てしまうために、事件が解けなくなる。
1984年に双葉社から出たこの作品は、その年の週刊文春のベストテンで国内8位に入り、以後、六つの出版社を渡り歩いて文庫化が繰り返されてきました。現行版は2021年の河出文庫です。
物語の入り口
レイ子は、モデルです。彼女は、殺されるために、自分を憎む七人の男女を招待することにします。
一度に集めるのではなく、一人ずつ、自室に。招く側にも、招かれる側にも、それぞれの事情があります。
なぜ殺されたいのか。なぜ七人は彼女を憎んでいるのか。
憎む相手の部屋へ、招かれて一人で足を運ぶ。七人の側から見れば、それだけでも穏やかではない訪問です。
招待という言葉の持つ穏やかさと、殺されるためという目的の異様さ。その組み合わせが、最初の一行から読み手の足を止めます。
やがて、死体が見つかります。ここからが、この物語の奇妙なところです。
七人の全員が、それぞれに「自分が犯人だ」と思い込んでしまう。ふつうの謎解きなら、犯人は隠れています。
名乗り出る者がいないから、探偵が探すことになる。ところがここでは、七人が七人とも、自分がやったと信じている。
手を挙げる者が多すぎて、誰の言葉も決め手にならない。事件を解くための問いが、最初から裏返しの形で立てられています。
この奇妙な事態の果てに、真相が明かされます。招待、死体、七つの思い込み。
読み手はこの三つを携えて、レイ子の部屋の扉の前に立つことになります。
読みどころ
この長編の面白さは、「犯人は誰か」という問いが、「なぜ全員が自分を犯人だと思うのか」という問いに置き換わっているところにあります。 七人の思い込みは、それぞれ根拠を持っているはずです。
根拠がなければ、人は自分を犯人だとは思いません。では、七つの根拠が同時に成り立つ状況とは、いったいどのようなものなのか。
読み手は、犯人を探す前に、この状況そのものを理解しなければなりません。七つの思い込みを一つずつ聞いていくうちに、事件の形が少しずつ見えてくる——けれども、七つ聞き終えても、まだ何かが足りない。
その足りなさが、最後の頁まで読み手を引っ張ります。
もうひとつは、殺されるために招くという発端の異様さが、最後まで物語を支えているところです。奇抜な設定は、たいてい導入で使い切られてしまいます。
ここでは違います。レイ子がなぜ殺されたいのかという問いは、七人が自分を犯人と思い込む状況と切り離せません。
招いた側の事情と、招かれた側の事情。その両方が、死体の発見後も効き続けます。
設定の異様さに引かれて手に取ると、期待した方向とは違う場所へ連れて行かれると感じる読者もいるかもしれません。けれども、その違いこそが、四十年近く文庫が絶えなかった理由です。
1984年の作品でありながら、問いの立て方はいまも古びていません。むしろ、犯人当ての型に慣れた読み手ほど、この裏返しの問いに新鮮さを感じるはずです。
作品の背景
この作品は《小説推理》の1984年2月号から3月号にかけて連載され、同年8月に双葉社から単行本になりました。
刊行史は、この作品がどれだけ読み継がれてきたかを示しています。1986年に双葉ノベルス、1988年に双葉文庫、1991年に新潮文庫、1999年にハルキ文庫、2014年に文春文庫と版を移し、2021年8月には河出文庫に入りました。
出版社を替えながら、四十年近く読み継がれてきた作品です。
手に取るなら
現行版は河出文庫で320ページあり、電子版もあります。一晩か二晩で読み切れる分量です。
連城三紀彦の長い作品をこれから読む人には、『白光』や『造花の蜜』と並んで、入口に向いています。短編の連城しか知らない人には、同じ書き手が長い器で何をしたかを確かめる一冊です。
殺されるために七人を招いた女。その一行から、すべてが始まります。
読み終えたあと、この一行をもう一度読み返したくなるはずです。
連城三紀彦について
連城三紀彦は1948年、名古屋市の生まれです。本名は加藤甚吾で、早稲田大学政治経済学部を卒業しています。
短編「変調二人羽織」が第3回幻影城新人賞に入選し、同作が『幻影城』1978年1月号に載って世に出ました。1981年に「戻り川心中」で第34回日本推理作家協会賞(短編部門)、1984年には『宵待草夜情』で第5回吉川英治文学新人賞、『恋文』で第91回直木賞を受けています。
大胆な仕掛けと叙情の濃い文章を一つの作品のなかに同居させる作風で知られ、ミステリの技法を心の機微の描写に生かした恋愛小説でも評価を得ました。直木賞のあとは大衆小説に軸足を移しながら、誘拐ものや心理劇などのミステリも書き続けました。
1987年に得度した真宗大谷派の僧侶でもありました。1996年には『隠れ菊』で柴田錬三郎賞を受けています。
2013年10月に65歳で亡くなり、翌年、日本ミステリー文学大賞特別賞が贈られました。
書誌情報
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