それでも騙される。
叙述トリック短編集
手の内を先に明かしたうえで、それでも読者を出し抜こうとする短編集。
「この短編集は『叙述トリック短編集』です。収録されている短編にはすべて叙述トリックが使われておりますので、騙されぬよう慎重にお読みくださいませ。」巻頭に置かれた「読者への挑戦状」は、丁寧な口調でそう告げます。手品師が演目の前に、種も仕掛けもございます、と頭を下げてみせるようなものです。
似鳥鶏『叙述トリック短編集』は、題名と巻頭の予告で手の内を二重に明かしたうえで、それでもなお読み手を出し抜こうとする短編集です。警戒を解くな、と作者自身が言っている。
その宣言から、ページは始まります。
物語の入り口
本を開いて最初に出会うのは、物語ではありません——冒頭に引いた「読者への挑戦状」です。この文章の趣旨は、はっきりしています。
あとから、それは後出しだ、と言われないように、仕掛けがあることを先に明かしておく。そのうえで挑戦状は、ミステリのトリックがどのように分類されるかという話題にも筆を伸ばしていきます。
本編に入る前の数ページで、読む側は、これから何と向き合うのかを作者の口から聞かされるわけです。
叙述トリックとは、作中の犯人が誰かを欺くのではなく、書き方そのものが読む側の思い込みを誘う種類の仕掛けを指します。それを題名に掲げ、挑戦状で念を押し、全編に仕込んであると断言する。
作者は、読み手に警戒させるだけさせておいてから勝負を挑もうとしています。
収録作は次の6編です。「ちゃんと流す神様」「背中合わせの恋人」「閉じられた三人と二人」「なんとなく買った本の結末」「貧乏荘の怪事件」「ニッポンを背負うこけし」。
題名を眺めるだけでも、神様、恋人、こけしと、並ぶ言葉の取り合わせはばらばらで、一編ずつ別の扉を開けていく形になっています。序章にあたる挑戦状と第1話は、講談社の小説サイトで全文が公開されています。
買う前に、最初の一編で作者の手つきを見ておくこともできます。
挑戦状を読み終えた時点で、読み手はもう丸腰ではありません。仕掛けがあると知らされたうえで、最初の一編へ足を踏み入れることになります。
構えた相手を、それでも出し抜けるのか。この短編集は、そういう勝負の場として幕を開けます。
読みどころ
題名が示すのは、仕掛けの存在を先に差し出してしまうという、大胆な約束そのものです。
ふつう、仕掛けは隠されているからこそ効きます。ところがここでは、隠すべきものの存在が表紙に大書され、読む側は最初から身構えています。
有利なのはこちらのはずです。それでも作者は、その有利をひっくり返しにかかる。
先に予告したうえで勝負を挑む、という趣向は、身構えた相手がいなければ成り立ちません。読み手の疑いの目そのものを、勝負の土俵に組み込んでいる点に、この作品集の面白さがあります。
もうひとつは、巻頭の挑戦状が一編の読み物として楽しめることです。仕掛けを明かす礼儀正しさと、それでも勝つという不敵さが同居した文章で、トリックの分類にまで話が及びます。
作者と読み手の勝負という構えが、この前口上で最初に示されます。
こんな人におすすめ
本格ミステリの作者に挑まれることを楽しめる人、謎解きを勝負として受けて立ちたい人に向いています。一編ごとに完結するので、短い時間で区切りながら読み進められるのも利点です。
反対に、人物の歩みを長くじっくり追いかける物語を求めるなら、6編の小さな対局が続く構成は、せわしなく感じられるかもしれません。ただ、その一局ごとの緊張こそが、この作品集の芯です。
作品の背景
『叙述トリック短編集』は、2018年9月20日に講談社から四六判の単行本で刊行されました。収録は6編で、そのうち「ちゃんと流す神様」と「閉じられた三人と二人」の2編は『メフィスト』に発表されたもの、残りは書き下ろしです。
巻頭の挑戦状と巻末のあとがきも、この本のために書き下ろされています。6編のうち4編と、前後を挟む挑戦状・あとがきが書き下ろしで、題名に掲げた約束は単行本の形で初めてひとまとまりになりました。
手に取るなら
現行版は講談社から2021年4月に刊行された文庫版で、336ページ。カバーイラストは石黒正数が手がけています。
電子版もあります。単行本は四六判304ページで、収録作は変わらず6編です。
予告は巻頭に、答えは各編の中に。挑まれる側の準備は、挑戦状を読み終えた時点ですでに整っています。
似鳥鶏について
似鳥鶏は1981年、千葉県の生まれです。2006年、『理由あって冬に出る』が第16回鮎川哲也賞の佳作に入り、デビューしました。
同作に始まる〈市立高校〉シリーズのほか、〈楓ヶ丘動物園〉シリーズ、『戦力外捜査官』に始まる警察もの、『難事件カフェ』など、学校、動物園、警察、喫茶店と舞台の異なる系列をいくつも並行させながら、謎解きを書き継いできました。『戦力外捜査官』はテレビドラマにもなっています。
2017年の『彼女の色に届くまで』は、第18回本格ミステリ大賞の候補に挙がりました。
書誌情報
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