現代国内 2011
ぬいぐるみを愛でる警部。
死体は新聞紙を鷲掴み。
『赤い糸の呻き』西澤保彦

書評

赤い糸の呻き

閉じこめられたエレベーターの不可能犯罪から犯人当てまで、趣向の振れ幅で読ませる5編。

赤い糸の呻き 表紙画像
西澤保彦 東京創元社2011年
目次

犯人当てが一編、閉じこめられたエレベーターの不可能犯罪が一編、先人の探偵を借りたパスティーシュが一編。西澤保彦『赤い糸の呻き』は、手ざわりのまるで違う本格推理五編を収めた短編集です。

2011年に東京創元社から刊行され、「本格ミステリ・ベスト10」2012年版で国内10位に入りました。一編ごとに違う扉が並んでいて、どの扉から入っても、出口では論理が待っている。

そういう本です。

物語の入り口

巻頭は「お弁当ぐるぐる」です。白昼、自宅で、男が新聞紙を鷲掴みにしたまま死んでいました。

彼の身に何が起こったのか。それを問う犯人当てで、事件に向き合うのは“ぬいぐるみ警部”こと音無美紀警部です。

ぬいぐるみへの偏愛を持つ警部と、目の前の死。その落差が、この一編の空気を決めています。

犯人当てという形式は、読む側に答えを出す番が回ってくる形式です。差し出された条件をどう並べ直すか——警部の隣で同じものを見ながら考える席が、最初から用意されています。

表題作「赤い糸の呻き」の舞台は、停電で止まり、閉じこめられたエレベーターのなかです。そこで不可能犯罪が起きます。

密閉された箱、限られた人数、外からは手が出せない状況。不可能犯罪の舞台として、これほど条件のそろった場所はめったにありません。

巻頭の犯人当てが読む側に答えを求めてくるのに対し、こちらでは、閉ざされた状況そのものが謎として立ちはだかります。

三つ目は「墓標の庭」。都筑道夫の〈物部太郎シリーズ〉のパスティーシュです。

物部太郎は都筑道夫が生み出した探偵で、光文社文庫に「物部太郎・3部作」としてまとまっています。先人の作った探偵を借りて、新しい一編を仕立てる。

本格ミステリという分野に昔からある遊び方のひとつです。これに「カモはネギと鍋のなか」「対(つい)の住処」を加えて、全五編です。

読みどころ

本作の醍醐味は、五編の手ざわりがそれぞれ違うのに、どれも最後は論理で決着をつけにくるところにあります。 正面から挑む犯人当てがあり、閉じた箱の中の不可能状況があり、先行作への敬意を形にした一編がある。

入り口の顔がまるで違うので、次に何が来るのか読めないまま、ページが進みます。それでいて出口は同じ場所にある。

手がかりを並べ、筋を通し、答えを出す。次の一編がどこへ転がるか読めない振れ幅と、揺れない着地——その二つが、同じ本のなかで両立しています。

もうひとつは、「墓標の庭」の遊びです。元の物部太郎を知らなくても、謎解きは成立します。

知っていれば、先人の探偵がどう借りられているのかを見る楽しみが、もう一段加わる。借りるという行為には、元の探偵を深く読み込んでいなければできない部分があります。

本格ミステリの書き手が、自分の好きな探偵にどう向き合うか。パスティーシュは、書き手の読者としての顔が見える形式でもあります。

短編集ですから、長編のように一つの謎に長く浸る読み方はできません。一編ごとに世界が切り替わり、人物も舞台も入れ替わります。

長い助走を経て大きな解決に至る手応えを求めるなら、その切り替えの速さは物足りなく映るかもしれません。ただ、一編あたりの長さは手ごろで、一日に一編ずつ片づけていく読み方に、この本はよく合います。

五つの扉を、五日かけて開ける。そんな読み方ができる短編集です。

作品の背景

単行本は2011年8月15日に東京創元社から出ました。四六判上製で270ページ、巻末に著者自身のあとがきが付いています。

翌年の「本格ミステリ・ベスト10」2012年版では国内10位。1位が米澤穂信『折れた竜骨』、2位が麻耶雄嵩『メルカトルかく語りき』という年に、短編集で上位十作に入ったかたちです。

2014年6月20日には創元推理文庫に入りました。

手に取るなら

現在は創元推理文庫で手に入ります。314ページ、解説は戸松淳矩。

装画は諏訪さやか、装幀は水野哲也です。電子版は文庫と同じ2014年6月20日から配信されています。

五編はそれぞれ完結しているので、目次のどこから読んでも困りません。巻頭の犯人当てから順に読むなら、自分の答えを出してから次の扉へ進む楽しみがあります。

長編に腰を据える時間が取りにくいときに、犯人当てから不可能犯罪、パスティーシュまでを一冊で回れる。白昼の新聞紙から、停電のエレベーターまで——五つの入り口が並ぶ一冊です。

西澤保彦について

西澤保彦は1960年、高知県安芸市に生まれ、2025年に64歳で亡くなりました。アメリカのエカード大学で創作法を学び、帰国後は高知大学経済学部の教務助手や高校の講師を務めながら小説を書き続けます。

1990年には「聯殺」が第1回鮎川哲也賞の最終候補に残り、1995年に『解体諸因』で作家としてデビューしました。

同じ一日を繰り返す『七回死んだ男』や『人格転移の殺人』のように、SF的な設定を本格ミステリに持ち込み、その規則を示したうえで推理の土台に据える作風で知られます。〈匠千暁〉〈神麻嗣子〉〈腕貫探偵〉と複数のシリーズを並行して書き継ぎ、2023年には短編「異分子の彼女」で第76回日本推理作家協会賞の短編部門を受けました。

書誌情報

出版社
東京創元社
刊行年
2011
ISBN-13
9784488438111
系譜
現代国内 / 連作短編
受賞歴

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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