現代国内 2009
女子高生殺しの現場に、
警察官の死体もあった。
『身代わり』西澤保彦

書評

身代わり

無関係に見える二つの死が交差し、推理の焦点が鋭く絞られます。

目次

死体は二つ、場所は別々です。自宅で殺された成績優秀な女子高生のかたわらに、一人の警察官が倒れていました。

その五日前の深夜には、公園で女性に包丁を突きつけた大学生が、反撃を受けて自分の腹部を刺し、死亡しています。西澤保彦『身代わり』は、離れて見えるこの二つの死を、高瀬千帆と匠千暁の推理が一本の線で結んでいく長編です。

2009年に幻冬舎から刊行され、「本格ミステリ・ベスト10」2010年版で国内2位に入りました。匠千暁シリーズの第9作にあたります。

物語の入り口

最初の事件は、女子高生の死です。成績優秀で、美人。

彼女は『身代わり』という題の、ポルノまがいの小説を書いていました。その小説が原因で、彼女はトラブルを抱えていたといいます。

そして自宅で殺される。現場には、もうひとつ遺体がありました。

一人の警察官です。なぜ警察官がそこにいたのか、彼が何をしていたのか。

女子高生の遺体と、警察官の遺体。二つが同じ家にあった、という事実だけが差し出されます。

もうひとつの事件は、その五日前にさかのぼります。深夜の公園。

一人の大学生が、女性に包丁を突きつけ、暴行をしかけました。ところが女性は反撃します。

反撃を受けた大学生は、自分の腹部を刺して死亡しました。こちらは殺人ではなく、加害者の側が死んだ事件です。

女子高生の家とは場所も違い、関わった人物も違い、犯罪の型も違う。二つを並べて眺めても、共通点はどこにも見当たりません。

この無関係に見える二つを、高瀬千帆と匠千暁が結びます。手がかりは一本の太い線ではなく、複数の証言と人間関係のなかに、ほつれた糸のように散らばっています。

誰が、何を、どう見ていたのか。それを一人ずつ確かめ、人物と人物の距離を測り直していく。

二人の歩みは、結論へ向かって駆け出すのではなく、散らばった糸を一本ずつ拾い上げていく種類のものです。自宅で見つかった女子高生と警察官、そして深夜の公園で自分の腹部を刺した大学生。

三つの遺体を前に、読者は、糸の端をまだ見つけていない二人のすぐ隣に座らされ、同じ手がかりを同じ順番で受け取ることになります。

読みどころ

本作の醍醐味は、二つの事件を並べたまま、そのつなぎ目を最後まで簡単には渡さないところにあります。 発端の二つは、それぞれ単独でも成り立つ事件です。

女子高生殺しには作中の小説と警察官の遺体という手がかりがあり、公園の一件には包丁と反撃という経緯がある。それぞれに関係者がいて、それぞれに聞くべき証言があります。

並べて置かれた以上、読者はどこでつながるのかを探しながら読む。その探し方を、著者は急がせません。

二つの線のどちらか一方に早々と重心を移さず、両方の関係者に目を配り続ける。証言と人間関係が交差する地点を一つずつ確かめる手順そのものが、この長編の読み心地を決めています。

もうひとつは、二つの死の向きが逆であることです。一方は殺された女子高生、もう一方は暴行をしかけて死んだ大学生。

被害者と加害者を、同じ推理の俎上に載せる。向きの逆な二つの死が交わるとき、絡み合う悪意はいっそう複雑になります。

誰が悪意を持ち、誰がそれを受けたのか——その配置を、推理がほどいていきます。

一つの現場に名探偵が乗り込み、居並ぶ容疑者を指さす型を期待して開くと、地味に映るかもしれません。事件は二つに分かれ、証言は散らばり、推理は現場から離れた場所で進みます。

ただ、散らばったものを一本に束ねる作業こそが本作の主題であり、束ねる手つきの確かさに、シリーズ第9作としての積み重ねが出ています。

作品の背景

匠千暁シリーズは、西澤保彦のデビュー作『解体諸因』から続く連作です。『身代わり』はシリーズの第9作で、2009年に幻冬舎から単行本が出ました。

刊行の翌年、「本格ミステリ・ベスト10」2010年版で国内2位。年末ランキングの上位に、シリーズの一作が入ったかたちです。

手に取るなら

現在は幻冬舎文庫で手に入ります。匠千暁シリーズの第9作ですが、二つの事件と二人の探偵役の名前だけを頼りに、ここから入っても筋は追えます。

他の巻を先に読んでおく必要はなく、読む順を気にせず選べる一作です。シリーズを順にたどってきた読者には、探偵役二人がこの事件にどう向き合うかを確かめる回になるはずです。

女子高生の部屋と深夜の公園——五日を隔てた二つの死のあいだを、推理が埋めていく一冊です。

西澤保彦について

西澤保彦は1960年、高知県安芸市に生まれ、2025年に64歳で亡くなりました。アメリカのエカード大学で創作法を学び、帰国後は高知大学経済学部の教務助手や高校の講師を務めながら小説を書き続けます。

1990年には「聯殺」が第1回鮎川哲也賞の最終候補に残り、1995年に『解体諸因』で作家としてデビューしました。

同じ一日を繰り返す『七回死んだ男』や『人格転移の殺人』のように、SF的な設定を本格ミステリに持ち込み、その規則を示したうえで推理の土台に据える作風で知られます。〈匠千暁〉〈神麻嗣子〉〈腕貫探偵〉と複数のシリーズを並行して書き継ぎ、2023年には短編「異分子の彼女」で第76回日本推理作家協会賞の短編部門を受けました。

書誌情報

出版社
幻冬舎
刊行年
2009
ISBN-13
9784344419315
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物
受賞歴

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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