現代国内 2006
少女の遺体が見つかった。
捜査は平凡な家族へ向かう。
『赤い指』東野圭吾

書評

赤い指

捜査線上に浮かんだ平凡な家族へ、加賀恭一郎が自ら向き合う道を探らせる。

赤い指 表紙画像
東野圭吾 講談社2006年
目次

住宅街で、少女の遺体が見つかります。捜査線上に浮かぶのは、三世代が暮らす、外から見ればどこにでもある一家です。

東野圭吾『赤い指』で、刑事・加賀恭一郎はこの家を前に、謎めいた言葉を口にします。この家には、隠されている真実がある。

それはこの家の中で、彼ら自身の手によって明かされなければならない。シリーズの第7作にして、『容疑者Xの献身』で直木賞を受けた直後に世に出た受賞後第一作。

ひとつの家族の内側へ踏み込んでいく、重く切実な長編です。

物語の入り口

少女の遺体が、住宅街で発見されました。捜査が始まり、線上にひとつの家族が浮かびます。

平凡な家族。どこにでもある家、どこにでもいる人たち。

三世代が暮らすその家に、捜査の目が向けられます。祖父母と親と子。

どの世代にも、それぞれの事情がある家です。その事情が、少女の死とどう結びつくのか。

捜査は、家の内側へ向かいます。家族の誰もが、何かを抱えているように見えます。

外から見れば、塀の向こうにありふれた暮らしがあるだけの家です。けれども捜査の目が向いた時点で、その平穏は保てなくなります。

外の人間には見えなかった家の内側に、何があるのか。それが少女の死とどうつながるのか。

答えは、この家が捜査線上に浮かんだところから、少しずつ見えてきます。三世代がひとつ屋根の下にいる以上、どの世代の事情も、ほかの世代と無関係ではいられません。

刑事・加賀恭一郎は、この家に向き合います。そして、謎めいた言葉を口にする。

この家には、隠されている真実がある。それはこの家の中で、彼ら自身の手によって明かされなければならない。

刑事が真実を暴くのではなく、家族自身が明かさなければならない、と彼は言う。その言葉の意味が、読者に投げかけられます。

刑事がそう言うとき、彼は何を見ているのか。何を待っているのか。

読者は、その家の玄関の前に、加賀とともに立たされます。加賀は、力ずくで答えを奪い取ろうとはしません。

家族自身が向き合うための道を、静かに探っていく。少年犯罪、親子の責任、老人介護。

三世代が暮らす家に重ねられた題材は、どれも現代の家族が抱えているものです。軽い読後感の一冊ではありません。

読む前に、それだけは知っておいてください。

読みどころ

この家の中で、彼ら自身の手によって明かされなければならない。加賀恭一郎が口にするこの言葉が、捜査の行き先を家の内側へ向けています。

刑事の仕事は、ふつう、真実を突き止めることです。ところが加賀は、真実を暴いて突きつけるのではなく、家族が自分たちで向き合うための道を探る。

その捜査姿勢が、この長編を、ただの事件の物語ではなく、家族の物語にしています。加賀恭一郎という刑事の、いちばん静かで、いちばん厳しい顔が、ここにあります。

もうひとつは、題材の近さです。少年犯罪、親子の責任、老いへの向き合い方。

どれも他人事ではない題材が、三世代の暮らすひとつの家のなかに重ねられている。物語のなかの家族を見ているつもりで、読み手はいつのまにか、自分の家の居間や台所、そこにいる家族の顔を思い浮かべることになるでしょう。

直木賞受賞後の第一作で、東野圭吾はこの重さを選びました。

こんな人におすすめ

家族のあり方を問う物語に惹かれる読者、心理サスペンスの静かな圧力を好む読者に向いています。加賀恭一郎シリーズを順に読んでいる人には、第7作のこの巻で、真実を暴くより家族自身に向き合わせようとする加賀の姿勢に、あらためて立ち会うことになります。

逆に、軽い読後感を求める気分のときには、本作は避けたほうがいい。読み終えたあと、自分の家族のことを考えずにはいられなくなる一冊です。

作品の背景

本作は2006年7月に講談社から刊行された、直木賞受賞後の第一作です。同じ年の初めに『容疑者Xの献身』で直木賞を受けた東野圭吾が、その次の一冊として書いたのは、ひとつの家族の物語でした。

刊行の年の『週刊文春ミステリーベスト10』では国内部門4位、『このミステリーがすごい!』2007年版では国内編9位に入っています。加賀恭一郎シリーズとしては第7作にあたります。

手に取るなら

現行版は2009年に出た講談社文庫で、320ページです。シリーズの途中の巻ですが、本作単独で筋は追えます。

シリーズ未読でも、この家の重さは十分に伝わります。住宅街に並ぶ家のひとつ、その扉を、加賀とともに叩いてみてください。

隠されている真実は、その家の中にあります。それを明かすのは刑事ではなく、彼ら自身です。

東野圭吾について

東野圭吾は1958年、大阪市生野区の生まれです。大阪府立大学工学部電気工学科を卒業し、日本電装(現デンソー)の技術者として働きながら推理小説を書き、1985年に『放課後』で第31回江戸川乱歩賞を受けてデビューしました。

翌年に会社を辞めて上京し、専業作家になっています。

長く大きな話題作に恵まれない時期が続きましたが、1998年の『秘密』が広く読まれ、翌年の第52回日本推理作家協会賞(長編部門)を受賞しました。2006年には『容疑者Xの献身』で第134回直木賞と第6回本格ミステリ大賞を受けました。

刑事・加賀恭一郎と物理学者・湯川学のシリーズを軸に、学園もの、本格の謎解き、サスペンス、ミステリの約束事を笑うパロディまで幅広く書き、2023年には著作の国内累計発行部数が1億部を超えています。同じ年に菊池寛賞、2024年に日本ミステリー文学大賞を受け、2026年7月に68歳で亡くなりました。

書誌情報

出版社
講談社
刊行年
2006
ISBN-13
9784062764445
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物 · 警察手続き
受賞歴
·

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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