戦後昭和国内 2002
幼い姪が庭に埋められた。
動機は家族全員にある。
『白光』連城三紀彦

書評

白光

殺害の動機は家族全員にあり、疑う相手が身内しかいない閉じた輪の長編。

白光 表紙画像
連城三紀彦 光文社(光文社文庫)2002年
目次

夫がいて、娘がいて、朝が来れば同じように一日が始まる。どこにでもありそうな家庭です。

連城三紀彦『白光』は、その平凡な風景から動き出します。ある暑い夏の日、この一家の幼い姪が自宅で何者かに殺害され、庭に埋められる。

そこから、家族の内側が一枚ずつめくれていきます。やがて明らかになるのは、殺害の動機を家族の全員が持っていたという事実でした。

真犯人はいったい誰なのか。容疑の輪が最初から身内だけで閉じている物語で、2002年に朝日新聞社から刊行され、現在は光文社文庫で読めます。

物語の入り口

ごく普通の、ありきたりな家庭でした。夫がいて、娘がいて、平凡な日常が続いている。

そのはずでした。ある暑い夏の日、まだ幼い姪が自宅で何者かに殺害され、庭に埋められます。

この事件をきっかけに、家族の崩壊と、隠されていた事実が次々に明らかになっていきます。夫と娘と暮らしてきた平凡な日常は、この夏の事件を境に、もう元の形には戻りません。

殺害の動機は、家族全員にありました。よそから誰かが忍び込んできた形跡を追う話ではありません。

同じ食卓についていた人間のなかから、一人を絞り込んでいくほかない。夫、娘、姪。

続柄で並べれば、どこにでもいる家族です——その見慣れた顔ぶれのなかから、一人を選ばなければならないのです。

読み手は、その食卓に着かされます。誰かに肩入れしようとするたび、その相手にも動機があることを思い出させられる。

疑う相手が身内だけという条件は、本来なら候補を絞りやすくするはずです。ところが、読んでいるあいだ、選択肢が減っていく感触がまるでありません。

安心して寄りかかれる人物が一人もいないまま、頁だけが進んでいきます。

読みどころ

読みどころは、家庭という、本来なら誰もが背中を預けている場所を、そのまま容疑者名簿に変えてしまうところにあります。 派手な舞台装置は何もありません。

密室も、暗号も、孤島もない。あるのは、夫と娘と姪と、暑い夏の一日だけです。

それでも最後まで手が止まらないのは、動機がそこかしこに転がっているのに、真相の輪郭だけが見えないという状態が延々と続くからです。人の心の側から謎を組み上げる書き手の力量が、もっとも純粋な形で出ています。

もうひとつは、その居心地の悪さが、そのまま推理の駆動力になっているところです。誰にも肩入れできないということは、誰も除外できないということでもあります。

ふつうの謎解きなら、読み進めるにつれて容疑者は減っていくものです。ここでは減りません。

むしろ、家族の内側がめくれるたびに、それぞれの動機が濃くなっていく。読み手は、真犯人を当てにいく前に——あるいはそれと同時に——まず自分がどの人物を信じたがっているのかと向き合わされます。

閉じた輪のなかの犯人捜しですから、外に向かって広がっていく物語を求める読者には、息苦しさが先に立つかもしれません。けれども、その息苦しさこそが、この長編の設計そのものです。

家庭の内側だけで完結する事件を、家庭の内側だけで解く。その構えを最初の頁から最後の頁まで崩さない徹底ぶりにこそ、この作品の強さがあります。

作品の背景

単行本が朝日新聞社から出たのは2002年3月です。翌月には『人間動物園』も刊行され、ミステリを立て続けに送り出したこの年の仕事は、当時ずいぶん話題になりました。

作家生活が四半世紀に達し、あらためて謎解きの側へ体重をかけ直した時期の一作、という位置づけになります。現行版は光文社文庫で、2008年8月刊、304ページ。

2013年3月からは電子版もあり、Audible でも聴けます。

手に取るなら

光文社文庫版は304ページで、紙・電子・Audible のいずれでも手に入ります。一晩で読み切れる分量です。

連城三紀彦を『戻り川心中』のような短編で知った人にとっては、その書き手が長編で謎解きに正面から向き合うとどうなるかを確かめる一冊になります。同じ2002年に出た『人間動物園』と並べて読むと、この年の連城が何をしようとしていたかも見えてきます。

暑い夏の日に、幼い姪が庭に埋められた。その一行から、閉じた輪のなかの捜索が始まります。

連城三紀彦について

連城三紀彦は1948年、名古屋市の生まれです。本名は加藤甚吾で、早稲田大学政治経済学部を卒業しています。

短編「変調二人羽織」が第3回幻影城新人賞に入選し、同作が『幻影城』1978年1月号に載って世に出ました。1981年に「戻り川心中」で第34回日本推理作家協会賞(短編部門)、1984年には『宵待草夜情』で第5回吉川英治文学新人賞、『恋文』で第91回直木賞を受けています。

大胆な仕掛けと叙情の濃い文章を一つの作品のなかに同居させる作風で知られ、ミステリの技法を心の機微の描写に生かした恋愛小説でも評価を得ました。直木賞のあとは大衆小説に軸足を移しながら、誘拐ものや心理劇などのミステリも書き続けました。

1987年に得度した真宗大谷派の僧侶でもありました。1996年には『隠れ菊』で柴田錬三郎賞を受けています。

2013年10月に65歳で亡くなり、翌年、日本ミステリー文学大賞特別賞が贈られました。

書誌情報

出版社
光文社 / 光文社文庫
刊行年
2002
ISBN-13
9784334744649
系譜
戦後昭和国内

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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