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REVIEW · 書評
N° 354 · 2026-07-18
N° 354
悪魔のような女
ボアロー&ナルスジャック
現代フランス

悪魔のような女

ボアロー&ナルスジャック / 早川書房(ハヤカワ・ミステリ文庫)
" 追い詰められていく心理を描く、フランス技巧派サスペンスの記念碑的名作。
#心理サスペンス#とにかく騙されたい
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📝 書評 世評・資料をもとに、当サイトの選書基準で構成した書評です ✓ 結末・犯人・トリックの種類には触れていません
review notes

ミステリーとしての読みどころ

自殺に見せかけて妻を殺し、莫大な保険金を我がものにする——。フランス・サスペンスの古典として長く読み継がれてきた『悪魔のような女』は、周到に練り上げられた一つの計画から、声を潜めるように幕を開けます。

けれど本作が「不朽の名作」と呼ばれてきた理由は、その企みの巧妙さそのものにあるのではありません。完璧に組み立てられたはずの計画が果たされた、まさにその直後から始まる何かにあります。

著者について

作者のボアロー&ナルスジャックは、ピエール・ボアローとトーマ・ナルスジャックによるフランスの合作作家です。名探偵が手がかりを拾い集め、安楽椅子に座ったまま謎を解いてみせる——そうした捜査の妙味を主役に据えるのではなく、罪の意識と恐怖のはざまで揺れ動く人間の心理を、物語のいちばん深い場所に据える。

幻想的な謎を、逃げ場のないサスペンスとして立ち上げていく。二人はそんな独自の作風を築いた書き手として知られています。

本作『悪魔のような女』は、その代表作の一つとして1952年に発表された長編です。

発表からほどなく、物語はフランスを代表する監督アンリ=ジョルジュ・クルーゾーの手で映画化され(1955年)、その名を一気に世界へと広めました。緊張が途切れないよう登場人物を絞り込み、息の詰まる空気のなかへ読者を追い込んでいく構成は、後のサスペンス小説がくり返し立ち返る手本の一つになっています。

物語が差し出す発端は、ぞっとするほど明快です。舞台はフランス。

一人の女の死を、あたかも本人が自ら命を絶ったかのように仕立て上げ、それによって莫大な保険金を騙し取る——そんな計画が、静かに、しかし確実に動き出します。この企みを考えついたのは、ラヴィネルという男の愛人であり、医師でもあるリュシエーヌ。

冷ややかな知性で細部の一つひとつを設計していく彼女と、その計画に足を踏み入れていく男。読者は、二人の共犯者がたった一つの死をめぐって手筈を整えていく様子を、いつのまにか間近から覗き込む位置に立たされます。

恐ろしいのは、その手順が理詰めで、どこにも破れ目がないように見えることです。ページを繰る手は、これは本当に遂げられてしまうのか、という宙ぶらりんな不安に引かれていく。

共犯者たちの呼吸に耳を澄ませているうち、いつしか自分までが企みに加担しているような、後ろ暗い緊張が背筋を這います。そうしてついに、完璧に練り上げられた計画は成功します。

狙いは、狙いどおりに果たされる。

ところが——その直後です。安堵に緩みかけた空気を、想像もしていなかった一つの出来事が真っ二つに断ち割ります。

その出来事が何であるのか。核心の扉は、実際にページを開いた読者だけが自らの手で叩くことになります。

物語の道案内は、この地点で止めるのがこの作品への礼儀というものでしょう。「あらゆる恐怖の原点」とまで評されてきた本作の心臓部は、まさにこの地点から鼓動を速めていきます。

読みどころ

本作を駆動しているのは、犯人を突き止める謎解きではなく、追い詰められていく心理そのものです。 誰がやったのかを競う物語ではありません。

周到な計画が転がり出したあと、人の心が恐怖にどこまで蝕まれ、どこへ運ばれていくのか——その一部始終を、息苦しいほど絞り込まれた世界のなかで見届けることになります。手がかりを並べ、容疑者を消去していく論理の曲芸を期待すると、その毛色の違いに戸惑うかもしれません。

ここにあるのは、じわじわと張り詰めていく空気そのものを味わうサスペンスの技巧です。

「予測不可能なストーリー展開、あまりに衝撃的な結末」——版元がそう掲げる本作は、後のサスペンス小説が到達点の一つとして仰いできた作品でもあります。派手な仕掛けやスピードで押し切るのではなく、登場人物を追い込み、読者の足場を少しずつ崩していく。

その静かな圧力の積み上げ方こそが、発表から七十年をゆうに超えてなお、この作品が古びない理由でしょう。

そういうわけで、証拠と推理で犯人を割り出すパズル型の謎解きを探している読者には、少し勝手が違って感じられるかもしれません。逆に、人間の弱さや恐怖の内側へ降りていく心理サスペンスが好きな読者、逃げ場のない緊張のただなかに身を置く読書を楽しめる読者には、まっすぐ届く一冊です。

安心して寄り添える善人を探しながら読むより、犯罪のただなかにいる者たちの緊張をともに引き受ける覚悟で読むと、その怖さがいっそう深く沁みてきます。

手に取るなら

入手はハヤカワ・ミステリ文庫(早川書房)で。1955年に邦訳が刊行されて以来、フランス技巧派サスペンスの記念碑として読み継がれてきた一作です。

アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督による映画版の原作としても名高く、まずは原作の張り詰めた筆致から味わってみるのがおすすめ。恐怖と心理の描写が、この後のミステリにどれほど深く根を張っていったのか——その源泉に触れる読書になるはずです。

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書誌情報

出版社
早川書房 / ハヤカワ・ミステリ文庫
原書刊行年
1952
邦訳刊行年
1955
ISBN-13
9784150717032
系譜
現代フランス