恐怖はそこから始まった。
悪魔のような女
追い詰められていく心理を描く、フランス技巧派サスペンスの記念碑的名作。
自殺に見せかけて妻を殺し、莫大な保険金を我がものにする——。フランス・サスペンスの古典として長く読み継がれてきた『悪魔のような女』は、周到に練り上げられた一つの計画から、声を潜めるように幕を開けます。
けれど本作が「不朽の名作」と呼ばれてきた理由は、その企みの巧妙さそのものにあるのではありません。完璧に組み立てられたはずの計画が果たされた、まさにその直後から始まる何かにあります。
物語の入り口
物語が差し出す発端は、ぞっとするほど明快です。舞台はフランス。
一人の女の死を、あたかも本人が自ら命を絶ったかのように仕立て上げ、それによって莫大な保険金を騙し取る——そんな計画が、静かに、しかし確実に動き出します。この企みに手を染めるのは、ラヴィネルという男と、その愛人であり医師でもあるリュシエーヌ。
読者は、二人の共犯者がたった一つの死をめぐって手筈を整えていく様子を、いつのまにか間近から覗き込む位置に立たされます。
恐ろしいのは、その手順が理詰めで、どこにも破れ目がないように見えることです。ページを繰る手は、これは本当に遂げられてしまうのか、という宙ぶらりんな不安に引かれていく。
共犯者たちの呼吸に耳を澄ませているうち、いつしか自分までが企みに加担しているような、後ろ暗い緊張が背筋を這います。そうしてついに、完璧に練り上げられた計画は成功します。
狙いは、狙いどおりに果たされる。
ところが——その直後です。安堵に緩みかけた空気を、想像もしていなかった一つの出来事が真っ二つに断ち割ります。
その出来事が何であるのか。核心の扉は、実際にページを開いた読者だけが自らの手で叩くことになります。
物語の道案内は、この地点で止めるのがこの作品への礼儀というものでしょう。「あらゆる恐怖の原点」とまで評されてきた本作の心臓部は、まさにこの地点から鼓動を速めていきます。
読みどころ
本作を駆動しているのは、犯人を突き止める謎解きではなく、追い詰められていく心理そのものです。 誰がやったのかを競う物語ではありません。
周到な計画が転がり出したあと、人の心が恐怖にどこまで蝕まれ、どこへ運ばれていくのか——その一部始終を、息苦しいほど絞り込まれた世界のなかで見届けることになります。手がかりを並べ、容疑者を消去していく論理の曲芸を期待すると、その毛色の違いに戸惑うかもしれません。
ここにあるのは、じわじわと張り詰めていく空気そのものを味わうサスペンスの技巧です。
「予測不可能なストーリー展開、あまりに衝撃的な結末」——版元がそう掲げる本作は、後のサスペンス小説が到達点の一つとして仰いできた作品でもあります。派手な仕掛けやスピードで押し切るのではなく、登場人物を追い込み、読者の足場を少しずつ崩していく。
その静かな圧力の積み上げ方こそが、発表から七十年をゆうに超えてなお、この作品が古びない理由でしょう。
こんな人におすすめ
そういうわけで、証拠と推理で犯人を割り出すパズル型の謎解きを探している読者には、少し勝手が違って感じられるかもしれません。逆に、人間の弱さや恐怖の内側へ降りていく心理サスペンスが好きな読者、逃げ場のない緊張のただなかに身を置く読書を楽しめる読者には、まっすぐ届く一冊です。
安心して寄り添える善人を探しながら読むより、犯罪のただなかにいる者たちの緊張をともに引き受ける覚悟で読むと、その怖さがいっそう深く沁みてきます。
作品の背景
『悪魔のような女』は、ボアロー&ナルスジャックの代表作の一つとして1952年に発表された長編です。
発表からほどなく、物語はフランスを代表する監督アンリ=ジョルジュ・クルーゾーの手で映画化され(1955年)、その名を一気に世界へと広めました。緊張が途切れないよう登場人物を絞り込み、息の詰まる空気のなかへ読者を追い込んでいく構成は、後のサスペンス小説がくり返し立ち返る手本の一つになっています。
手に取るなら
入手はハヤカワ・ミステリ文庫(早川書房)で。1955年に邦訳が刊行されて以来、フランス技巧派サスペンスの記念碑として読み継がれてきた一作です。
アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督による映画版の原作としても名高く、まずは原作の張り詰めた筆致から味わってみるのがおすすめ。恐怖と心理の描写が、この後のミステリにどれほど深く根を張っていったのか——その源泉に触れる読書になるはずです。
ボアロー&ナルスジャックについて
ボアロー&ナルスジャックは、ピエール・ボアロー(1906〜1989年)とトーマ・ナルスジャック(1908〜1998年)の合作名義です。パリ生まれのボアローは1938年に冒険小説大賞を受けた推理作家、フランス西部ロシュフォール生まれのナルスジャックは推理小説論も書く作家で、1948年、同じ賞を受けたナルスジャックの授賞の席で二人は知り合いました。
合作の2作目にあたる1952年の『悪魔のような女』で名を上げ、1954年の『めまい』はヒッチコック監督の映画の原作になりました。筋をボアローが組み立て、ナルスジャックが文章と人物を受け持つ分担で、追いつめられていく被害者の側から描く心理サスペンスを得意とします。
1970年代にはルブランの遺族の許しを得てアルセーヌ・ルパンの新しい冒険も書きました。合作はボアローの死で終わり、その後もナルスジャックが同じ名義で書き続けました。
書誌情報
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