嘘で嘘を塗り重ねる。
流れ星と遊んだころ
芸能界の頂点を狙う三人の画策。虚々実々の駆け引きを描く長編。
スターの座は、一つしかありません。誰がそこに就くかで、周りにいる全員の立場が変わります。
連城三紀彦『流れ星と遊んだころ』の舞台は芸能界、それも銀幕の大スターの足元です。「花ジン」こと花村陣四郎のパワハラに耐えるマネージャーの北上が、ある夜、危険な魅力を放つ秋場という男と出会うところから、物語は動き出します。
2003年に双葉社から刊行され、翌年の「このミステリーがすごい!」で国内9位に入りました。華やかな場所ほど、嘘が通貨として流通する。
その通貨の交換レートが目まぐるしく変わっていく様子を、三百七十ページあまりかけて描いた一冊です。誰が誰を利用しているのか——その問いが、頁をめくるたびに書き換えられていきます。
物語の入り口
北上は、花ジンのマネージャーです。スターの機嫌をうかがい、理不尽な扱いに耐えながら、日々をしのいでいます。
その北上が、ある夜、秋場という男に出会いました。危険な魅力を放つ男です。
北上は秋場に惚れこみます。惚れこんだ末に、秋場の恋人である鈴子も巻きこんで、ある企てを始めます。
花ジンから、大作映画の主役を奪い取る。それが三人の目標です。
三人は芸能界の裏側をかい潜りながら、着実に階段を上っていきます。そしてやがて、三人それぞれの思惑と愛憎が絡み合いはじめます。
北上、秋場、鈴子。手を組んだ三人と、主役の座を狙われる花ジン。
四人の思惑が同じ卓の上でぶつかる構図は、最初から堂々と示されています。誰かが誰かを利用するのだということも、隠されていません。
読み手は、その卓に同席することになります。交わされる言葉のどこに計算が隠れているのか。
花ジンは自分の座を守るために何をするのか。秋場の魅力は、北上を動かすためのものなのか、それとも本当に危険なものなのか。
惚れこんだ相手の、どこまでが本気なのか。主役の座という目標は数字のように明快なのに、その周りで交わされる言葉はどれも曖昧で、その曖昧さが読み手の目を離させません。
読みどころ
本作の醍醐味は、人と人のあいだで交わされる言葉の裏に、どれだけの計算が隠れているかを見極めていく過程にあります。 血なまぐさい事件や科学的な手がかりで押していく作品ではありません。
動くのは人の腹のなかであり、動かすのは言葉です。芸能界という舞台は、その計算をむき出しにしても不自然にならない場所でした。
スターの座は一つしかなく、誰がそこに就くかで全員の立場が変わる。目的がこれほど明快だからこそ、その周りの曖昧な言葉が際立ちます。
言葉を額面どおり受け取れば裏をかかれ、疑ってかかれば今度は別の何かを見落とす——その往復が、そのまま読書の緊張になります。
もうひとつは、恋愛小説の筆が謎の側で働いているところです。北上は秋場に惚れこんでいます。
秋場には鈴子がいます。企ての土台にあるのが利害だけでなく、惚れた側と惚れられた側の傾きだという点が、この駆け引きを単なる出し抜き合いから遠ざけています。
駆け引きと嘘が幾重にも折り重なる技巧の物語でありながら、その技巧を支えているのは、直木賞作家の書く愛憎の手ざわりです。
確かな足場から順に真相へ近づいていく手続きを好む人には、途中で何度か置いていかれる感覚があるかもしれません。けれども、その置いていかれ方こそが、人の腹の探り合いを読む楽しみそのものです。
分量はありますが、場面ごとに勢力図が動くため、読む手は止まりにくいはずです。
作品の背景
『流れ星と遊んだころ』の刊行は2003年5月、双葉社からでした。翌年の「このミステリーがすごい!」国内部門で9位につけています。
恋愛を書けば情の機微をすくいあげ、事件を書けば構えを崩さない。連城三紀彦のその両輪がもっとも分かりやすく噛み合うのが、人間関係そのものが謎になる作品で、この芸能界ものはその典型にあたります。
手に取るなら
現行版は双葉文庫の新装版(2021年6月)です。三百七十ページあまり、一晩か二晩で読み切れます。
連城三紀彦の技巧的な側面に触れてみたいなら、『人間動物園』や『どこまでも殺されて』と並んで、入口として悪くない選択になります。恋愛小説の側から連城を知った人には、その筆が芸能界の駆け引きに向けられたときに何が起きるかを確かめる一冊です。
スターの座は一つ、席を狙う者は三人。その卓に、読者も同席することになります。
連城三紀彦について
連城三紀彦は1948年、名古屋市の生まれです。本名は加藤甚吾で、早稲田大学政治経済学部を卒業しています。
短編「変調二人羽織」が第3回幻影城新人賞に入選し、同作が『幻影城』1978年1月号に載って世に出ました。1981年に「戻り川心中」で第34回日本推理作家協会賞(短編部門)、1984年には『宵待草夜情』で第5回吉川英治文学新人賞、『恋文』で第91回直木賞を受けています。
大胆な仕掛けと叙情の濃い文章を一つの作品のなかに同居させる作風で知られ、ミステリの技法を心の機微の描写に生かした恋愛小説でも評価を得ました。直木賞のあとは大衆小説に軸足を移しながら、誘拐ものや心理劇などのミステリも書き続けました。
1987年に得度した真宗大谷派の僧侶でもありました。1996年には『隠れ菊』で柴田錬三郎賞を受けています。
2013年10月に65歳で亡くなり、翌年、日本ミステリー文学大賞特別賞が贈られました。
書誌情報
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