ミステリーとしての読みどころ
田舎の邸宅に招かれた客たちが、余興として殺人事件の推理劇を演じる。趣向を凝らした一夜のはずでした。
ところが被害者役を買って出た男が、二発の銃声ののちに、本物の死体となって発見されるのです。芝居だったはずの死が、いつのまにか現実の死とすり替わっている。
アントニイ・バークリー『第二の銃声』(1930年)は、その不穏な入れ替わりから幕を開ける、黄金期英国の本格ミステリです。
著者について
バークリーという作家は、探偵小説の枠組みを内側から揺さぶりつづけた人でした。第一次世界大戦に従軍したのち、〈パンチ〉誌でユーモア作家として腕を鳴らし、「?」という人を食った匿名で『レイトン・コートの謎』を世に出してミステリの書き手となります。
以後、『毒入りチョコレート事件』『ジャンピング・ジェニイ』と、従来の探偵小説への批判をそっと織り込んだ実験的な作品を次々に発表し、英国本格黄金期を代表する一人としての地位を不動のものにしました。フランシス・アイルズという別名義でサスペンス『殺意』『レディに捧げる殺人物語』も手がけており、一筋縄ではいかない多面性こそがこの作家の身上です。
1971年に世を去るまで、彼はミステリの「お約束」に対する批評家であり続けました。
その姿勢は、本作の献辞にも表れています。バークリーはそこで、探偵小説の「謎」はやがて、時間や場所や動機の謎から、「人物の謎」へと移っていくだろうと予言しました。
『第二の銃声』は、その予言を作者自身が体現してみせた一冊です。誰がどうやって殺したのかという問いの奥に、登場人物たちの心をどう読むのかという問いを重ねる。
そういう野心が、物語の設計そのものに編み込まれています。
舞台となるのは、高名な探偵作家ヒルヤードの邸です。ゲストが招かれ、余興として殺人の推理劇が仕組まれます。
筋書きを立て、役を割り振り、その場で謎解きに興じる——ミステリ好きの主人がいかにも催しそうな、凝った遊びです。被害者役をあてがわれたのは、スコット=デイヴィスという男。
彼が「殺され」、客たちが名探偵を気取って推理をはじめる。そういう段取りのはずでした。
ところが、二発の銃声が響いたあと、スコット=デイヴィスは芝居の死体ではなく、本物の死体となって見つかります。遊びのために用意された死が、そのまま現実の死へとすり替わってしまった。
しかも事件が起きたときの状況は、語り手であるピンカートンにとって、きわめて分の悪いものでした。彼には殺人の嫌疑がかかります。
窮したピンカートンは、ロンドンから一人の男を呼び寄せます。素人探偵ロジャー・シェリンガム。
バークリーが生んだ名探偵で、本作は彼が登場するシリーズの第6作にあたります。ここから物語は、自らの潔白を証明しようとする語り手の奮闘と、外からやってきた探偵の推理という、二本の軸で回りはじめます。
読者は、この事件をピンカートン自身の言葉を通して受け取ることになります。彼が何を見て、何を感じ、何に怯えているのか。
一人称の語りに寄り添いながら、招待客たちのあいだに張りつめた空気を、当事者の肩越しにのぞき込む位置に立たされる。誰が味方で誰がそうでないのかもはっきりしないまま、邸内の気配だけが少しずつ重くなっていきます。
遊びと本気、演技と現実の境目が溶けていくこの感触が、『第二の銃声』の幕開けをいっそう不穏なものにしています。
読みどころ
読みどころは、事件の謎がそのまま「人ひとりをどう読むか」という謎へと折り重なっていくところです。 バークリーは登場人物の性格描写に大きく重心を置き、誰がどんな人間なのかを丁寧に彫り込んでいきます。
証拠や時刻の解釈だけでなく、人の心の動きそのものが謎解きの材料になる。献辞で掲げた「人物の謎」という理念を、本作は物語の隅々で実践してみせるのです。
そして、シェリンガムの論証は一筋縄ではいきません。提示された筋道が問い直され、別の角度から光が当てられ、二転三転しながら進んでいく。
その果てに待つのは、驚くべき真相。手がかりの並べ替え一つで見える景色が変わっていくスリルは、バークリーという作家の真骨頂であり、彼が「実験精神の人」と呼ばれるゆえんでもあります。
名探偵に導かれる楽しみと、既成のミステリを疑ってかかる批評精神とが、ここでは一つの物語に同居しています。
派手な追跡劇や強い刺激を求めて開くと、この作品の面白さはつかみにくいかもしれません。ここで起きているのは、あくまで人と論理をめぐる静かな駆け引きです。
逆に、探偵の論証を一歩ずつ追いかける古典的な謎解きが好きな読者、そして事件の背後にいる人間の心理までじっくり味わいたい読者には、願ってもない一冊でしょう。一夜の余興から立ち上がった謎に、腰を据えて付き合う時間を惜しまない人にこそ薦められます。
手に取るなら
現行版は創元推理文庫。訳は西崎憲、巻末には巽昌章による解説を収めます。
本邦初訳がバークリー再評価のきっかけの一つとなったという経緯も、この作品が持つ力を裏書きしていると言えるでしょう。ロジャー・シェリンガムもの第6作にあたる本作は、黄金期英国ミステリの懐の深さを知るうえで、確かな手がかりになってくれる一冊です。