現代国内 1986
卒業
『卒業』東野圭吾

書評

卒業

大学生の加賀恭一郎が密室と茶道の作法に潜む謎に挑む、シリーズの出発点

卒業 表紙画像
東野圭吾 講談社(講談社文庫)1986年
目次

のちに名刑事として知られる加賀恭一郎にも、まだ警察とは縁のない季節がありました。シリーズの幕開けとなる本作で、彼は卒業を目前に控えた大学4年生として登場します。

将来への不安や恋の行方に揺れる若者たちの輪のなかに、加賀という探偵の原点が刻まれている一冊です。

物語の入り口

秋を迎えた大学4年生の7人は、就職活動や恋愛のことで慌ただしい日々を送っています。そんななか、仲間のひとりである祥子が、自分の部屋で亡くなっているのが見つかります。

部屋は密室で、自ら命を絶ったのか、誰かの手にかかったのか、すぐには判断がつきません。

加賀は仲間たちとともに、祥子が書き残していた日記を手がかりに、彼女の死の意味を探りはじめます。ついこのあいだまで身近にいた友人の内面を、残された文字からたどっていく。

その作業には、謎解きの興奮と同じくらいの痛みがともないます。

けれども、事件はそこで終わりません。茶道の作法を下敷きにした、ゲームめいた趣向のなかで、さらに異様な出来事が待ち受けています。

読みどころ

ひとつの物語のなかに、手触りの異なる二つの謎が並んでいることが、本作の大きな魅力です。 はじめに立ちはだかるのは、閉ざされた部屋で起きた死をめぐる問い。

そこへ、茶道という厳密な決まりごとの世界が重なってきます。作法には、誰がいつ何をするかがきっちり定められています。

その枠の内側で何が起こりえたのかを詰めていく過程は、細かなピースを一枚ずつはめ込むパズルのような味わいです。

日記という手がかりの扱い方にも、読む楽しみがあります。書いた本人はもう何も語ってくれません。

残された言葉のどこに本音があり、どこに書かれなかった空白があるのか。加賀たちと同じ材料を手にしながら、ページをめくる側も一緒に考えをめぐらせることになります。

探偵の推理を見物するだけでなく、自分の頭で組み立ててみたくなる作りです。

もうひとつ見逃せないのが、青春小説としての手触りです。卒業という区切りを前に、それぞれが自分の進む道を選ぼうとしている時期。

友情も恋も、昨日までと同じ形ではいられなくなる。その揺らぎが事件と絡み合い、謎が解けていく道筋そのものに、どこか切ない余韻を残します。

こんな人におすすめ

加賀恭一郎の歩みを最初の一歩から追いかけたい人には、まずここから読みはじめてほしい一冊です。決められたルールの内側で論理を積み上げていくタイプの謎解きが好きな人、大学生たちの群像劇に浸りたい人にも向いています。

作品の背景

本作の初刊は1986年5月、講談社から。刊行当初は『卒業―雪月花殺人ゲーム』という副題つきの題名で、いまは『卒業』として読み継がれています。

学生として事件に向き合った加賀は、シリーズ第2作の『眠りの森』で、こんどは刑事として読者の前に戻ってきます。大学のキャンパスから捜査の現場へ。

その変化を見届けるためにも、出発点となる本作を押さえておく意味は大きいはずです。

手に取るなら

1989年5月に講談社文庫に収められ、現在も同文庫の『卒業』で読むことができます。シリーズを刊行順にたどるなら、続けて『眠りの森』へ進むのが自然な流れです。

東野圭吾について

東野圭吾は1958年、大阪市生野区の生まれです。大阪府立大学工学部電気工学科を卒業し、日本電装(現デンソー)の技術者として働きながら推理小説を書き、1985年に『放課後』で第31回江戸川乱歩賞を受けてデビューしました。

翌年に会社を辞めて上京し、専業作家になっています。

長く大きな話題作に恵まれない時期が続きましたが、1998年の『秘密』が広く読まれ、翌年の第52回日本推理作家協会賞(長編部門)を受賞しました。2006年には『容疑者Xの献身』で第134回直木賞と第6回本格ミステリ大賞を受けました。

刑事・加賀恭一郎と物理学者・湯川学のシリーズを軸に、学園もの、本格の謎解き、サスペンス、ミステリの約束事を笑うパロディまで幅広く書き、2023年には著作の国内累計発行部数が1億部を超えています。同じ年に菊池寛賞、2024年に日本ミステリー文学大賞を受け、2026年7月に68歳で亡くなりました。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社文庫
刊行年
1986
ISBN-13
9784061844407
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物

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リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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