現代国内 1987
毎週火曜に姿を消す恋人が
エレベーターで殺された。
『学生街の殺人』東野圭吾

書評

学生街の殺人

さびれゆく学生街で続く不可解な死。密室の謎と青春の翳りが重なる初期長編。

目次

学生街のビリヤード場で働く男が、殺されました。彼は過去を隠し、偽名で働いていた。

同僚だった光平は疑われ、警察の捜査を受けます。そして一週間後、恋人の広美もエレベーターで殺される。

『学生街の殺人』は、新しい駅の開業で人の流れが変わり、さびれてしまった学生街を舞台にした、東野圭吾の初期長編です。毎週火曜日に必ず姿を消していた広美は、何者だったのか。

その答えを求めて、光平は疑われた身のまま、さびれた街を歩き始めます。

物語の入り口

舞台は、さびれゆく学生街です。かつては人で賑わっていたこの街は、新しい駅の開業で人の流れが変わり、往時の活気を失っています。

学生街という場所は、もともと人が数年だけ滞在して去っていく土地です。互いの素性をよく知らないまま、隣り合って暮らす。

そのうえ街そのものがさびれていくとなれば、人と人の結びつきはいっそう薄くなります。かつての賑わいを知る者には、その静けさがなおさら重く感じられます。

その街のビリヤード場で、男が殺されました。彼は過去を隠し、偽名で働いていた。

同僚だった光平は、その男と近い位置にいたというだけで疑われ、警察の捜査を受けることになります。身近な人が殺され、しかも自分が疑われる。

光平の日常は、そこで一度断ち切られます。偽名で働いていた同僚のことを、自分はどれだけ知っていたのか。

その問いが、まず彼の足元を揺らします。

そして一週間後、恋人の広美が、エレベーターで殺されます。二件目の殺人。

しかも、光平にいちばん近い人が死んだ。広美には、光平にも話していないことがありました。

毎週火曜日に、必ず姿を消していたのです。どこへ行き、何をしていたのか。

広美は何者だったのか。その問いが、光平を動かします。

疑われた立場のまま、彼は恋人の空白の時間を辿り始めます。

読者は、光平とともに、恋人の足跡を追うことになります。光平を突き動かしているのは、犯人を捕まえたいという思いより先に、なぜ、という問いです。

恋人はなぜ火曜日ごとに姿を消し、なぜ殺されなければならなかったのか。さびれた学生街の匿名性が、そのまま謎の土台になっています。

五百ページを超える厚みですが、事件が次々に起こるため、後半ほど読む速度は上がっていきます。

読みどころ

隣に暮らす人の素性を知らなくても日々が回っていく。学生街のその匿名性が、謎の組み立てにそのまま食い込んでいます。

人が数年だけ滞在して去る街では、それが当たり前です。偽名で働く男がいても、火曜日に姿を消す恋人がいても、誰も深くは問わない。

その薄い結びつきのなかで、二件の殺人が起こる。街の性格そのものが、事件の背景であり、謎の条件になっています。

1980年代の学生街の空気を、そのまま封じ込めた一冊でもあります。

もうひとつは、青春小説としての手触りです。恋人の足跡を追う光平を動かしているのは、なぜ、を知りたいというごく個人的な思いです。

捜査ではなく、追想に近い。さびれた学生街の風景と、そこに埋まった過去。

謎解きの骨格に、疑われた身のまま恋人の空白の火曜日を辿る光平の、若い時間の翳りが重なっています。

こんな人におすすめ

東野圭吾の初期作品に興味のある読者、青春小説の質感を持ったミステリを好む読者に向いています。さびれた街という舞台に惹かれる人にも。

日本推理作家協会賞の最終候補に残ったという評価に見合う骨格が、青春の翳りの下にきちんとあります。逆に、発端から息つく間もない展開を求める人には、事件の合間に街のさびれ方を書き込んでいく前半が、回り道に映るかもしれません。

ただ、その回り道で描かれた街の顔の見えなさが、後半の謎を支えています。

作品の背景

本作は、東野圭吾が専業作家となってから間もない1987年6月に、講談社から刊行されています。のちに『容疑者Xの献身』で直木賞、『祈りの幕が下りる時』で吉川英治文学賞を受ける作家の、ごく初期の一冊です。

刊行の翌年、本作は第41回日本推理作家協会賞の長編部門で最終候補に残りました。受賞作は小杉健治の『絆』です。

東野圭吾にとっては、専業作家となった翌々年の候補入りでした。現行版は講談社文庫の新装版で、2025年6月に発売、560ページ。

シリーズには属さない単独作で、物語はこの本のなかで閉じます。

手に取るなら

現行版は講談社文庫の新装版。シリーズに属さない単独作ですから、他の東野作品を読んでいなくても問題ありません。

火曜日に姿を消す恋人の足跡を、光平とともに追ってみてください。ビリヤード場とエレベーター、二つの現場を抱えたさびれた学生街を、恋人の空白を抱えた青年と同じ歩幅で歩く読書になります。

新装版で手に取りやすくなった今が、読みどきです。

東野圭吾について

東野圭吾は1958年、大阪市生野区の生まれです。大阪府立大学工学部電気工学科を卒業し、日本電装(現デンソー)の技術者として働きながら推理小説を書き、1985年に『放課後』で第31回江戸川乱歩賞を受けてデビューしました。

翌年に会社を辞めて上京し、専業作家になっています。

長く大きな話題作に恵まれない時期が続きましたが、1998年の『秘密』が広く読まれ、翌年の第52回日本推理作家協会賞(長編部門)を受賞しました。2006年には『容疑者Xの献身』で第134回直木賞と第6回本格ミステリ大賞を受けました。

刑事・加賀恭一郎と物理学者・湯川学のシリーズを軸に、学園もの、本格の謎解き、サスペンス、ミステリの約束事を笑うパロディまで幅広く書き、2023年には著作の国内累計発行部数が1億部を超えています。同じ年に菊池寛賞、2024年に日本ミステリー文学大賞を受け、2026年7月に68歳で亡くなりました。

書誌情報

出版社
講談社
刊行年
1987
ISBN-13
9784065398647
系譜
現代国内
受賞歴

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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