現代国内 2009
人を守るために生まれた謎を、
解くたび絞殺犯に近づく。
『新参者』東野圭吾

書評

新参者

日本橋の人々が抱える小さな謎を解き、一つの殺人事件へ近づく加賀の町歩き。

新参者 表紙画像
東野圭吾 講談社2009年
目次

刑事・加賀恭一郎、日本橋へ。『新参者』は、その一言で始まります。

日本橋の片隅で、一人の女性が絞殺された。着任したばかりの刑事・加賀恭一郎の前に立ちはだかるのは、人情という名の謎。

手掛かりをくれるのは、江戸情緒の残る街に暮らす、普通の人びとです。事件で傷ついた人がいるなら救い出すのも自分の仕事だ、と加賀は言います。

大切な人を守るために生まれた謎が、犯人へと繋がっていく。2009年の週刊文春ミステリーベスト10と、翌年版の「このミステリーがすごい!」で、ともに国内1位。

加賀恭一郎シリーズの第8作です。

物語の入り口

日本橋の片隅で、一人の女性が絞殺されました。捜査に加わるのは、この街に着任したばかりの刑事、加賀恭一郎です。

新参者、という題名は、まず彼自身のことです。土地のことをまだ知らない刑事が、江戸情緒の残る人形町の路地を歩き、聞き込みを重ねていく。

よそ者だからこそ、街の人びとの当たり前が、彼の目には少し違って映ります。

彼の前に立ちはだかるのは、人情という名の謎です。手掛かりをくれるのは、街に暮らす普通の人びと。

ところがその人びとは、それぞれに小さな秘密を胸にしまっています。事件と関わりがあるのかないのか、本人にしかわからない秘密。

大切な人を守るために生まれた謎。その一つひとつを、加賀は解いていく。

そして、それが犯人へと繋がっていく。人情という名の謎は、事件の障害であると同時に、事件へ向かう道でもあります。

構成は、章ごとに焦点を当てる人物と場所を移していく形です。短い区切りごとに、ひとつの疑問に答えが与えられる。

そのあいだにも、全体の謎は少しずつ進んでいく。連作短編のように読めて、しかし一冊を通して、ひとつの殺人事件を追っている。

ひとつの章が閉じるたびに、日本橋の地図が一区画ずつ描き足されていくような読み心地です。

読者は、加賀の後ろについて、人形町の店先を一軒ずつ回ることになります。事件で傷ついた人がいるなら、救い出すのも自分の仕事だ。

加賀のこの言葉が、本作の捜査の温度を決めています。謎を解くことと、傷ついた人を救うこと。

その二つを同じ歩幅で進める刑事の眼差しが、江戸情緒の残る街の風景と重なって、心に残ります。

読みどころ

謎を解くことと、傷ついた人を救うことを、加賀恭一郎はひとつの捜査のなかで並べて進めます。 聞き込みの先で出会うのは、犯人ではなく、普通の人びとです。

彼らが胸にしまった小さな秘密を、加賀は事件の手掛かりとしてだけではなく、その人の事情として受け取る。人情という名の謎、という言葉は、そういう捜査のことを指しています。

もうひとつは、日本橋という土地です。江戸情緒の残る街並み、老舗、路地。

着任したばかりの刑事が歩くことで、街の輪郭が読者にも見えてくる。土地に不案内な刑事の歩みが、そのまま読者の道案内を務めているわけです。

地道な聞き込みを積み重ねる読み味と、コージーな街の空気。聞き込みで立ち寄る店先の一軒ずつが、事件の手掛かりの在りかであると同時に、その家の暮らしが垣間見える場所にもなっています。

読み終えると、人形町を歩いてみたくなります。

こんな人におすすめ

地道な捜査を味わいたい読者、街の人びとの小さな物語に惹かれる読者に向いています。ミステリを読み慣れていない人にも、章ごとに区切って読める構成が優しい。

加賀恭一郎にここで初めて出会う読者も、着任したばかりの彼と同じく、街の新参者の立場から読み始められます。逆に、緊迫した追跡や派手な仕掛けを求める気分のときには、章ごとに路地と店先へ寄り道していく運びが、遠回りに映るかもしれません。

作品の背景

本作は、東野圭吾が2006年に『容疑者Xの献身』で直木賞を受けてから3年後、2009年9月に講談社から刊行されました。刊行の年の週刊文春ミステリーベスト10で国内1位、翌2010年版の「このミステリーがすごい!」でも国内1位。

二つの主要ランキングの首位を揃えて取った作品です。2010年には阿部寛の主演で全10話の連続ドラマにもなりました。

現行版は2013年刊の講談社文庫で、416ページ。加賀恭一郎シリーズの第8作にあたります。

手に取るなら

現行版は講談社文庫。加賀恭一郎シリーズの第8作ですが、着任したばかりの刑事の物語ですから、ここからシリーズに入っても問題ありません。

ドラマ版から入った人も、原作の活字で人形町の路地を歩き直してみてください。活字のほうが、街の匂いが濃い。

傷ついた人を救い出すのも自分の仕事だ、という加賀の言葉を、彼自身の口から聞いてください。

東野圭吾について

東野圭吾は1958年、大阪市生野区の生まれです。大阪府立大学工学部電気工学科を卒業し、日本電装(現デンソー)の技術者として働きながら推理小説を書き、1985年に『放課後』で第31回江戸川乱歩賞を受けてデビューしました。

翌年に会社を辞めて上京し、専業作家になっています。

長く大きな話題作に恵まれない時期が続きましたが、1998年の『秘密』が広く読まれ、翌年の第52回日本推理作家協会賞(長編部門)を受賞しました。2006年には『容疑者Xの献身』で第134回直木賞と第6回本格ミステリ大賞を受けました。

刑事・加賀恭一郎と物理学者・湯川学のシリーズを軸に、学園もの、本格の謎解き、サスペンス、ミステリの約束事を笑うパロディまで幅広く書き、2023年には著作の国内累計発行部数が1億部を超えています。同じ年に菊池寛賞、2024年に日本ミステリー文学大賞を受け、2026年7月に68歳で亡くなりました。

書誌情報

出版社
講談社
刊行年
2009
ISBN-13
9784062776288
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物 · 連作短編
受賞歴
·

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リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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