お釣りは同じ硬貨ばかり。
風ヶ丘五十円玉祭りの謎
夏祭りの釣り銭という些細な違和感を、長編並みの論理で解き切る学園本格。
たこ焼き、かき氷、水ヨーヨー。どの屋台で買い物をしても、お釣りが五十円玉ばかりでした。
夏祭りにやって来た裏染天馬と袴田柚乃たち風ヶ丘高校の面々が出会ったのは、そんな小さな謎です。青崎有吾『風ヶ丘五十円玉祭りの謎』は、裏染天馬シリーズの第3弾にして、初めての連作短編集。
学食や教室、放課後や夏休みを舞台に、不思議に満ちた学園生活と裏染兄妹の推理を描く全五編です。人は死にません。
それでも、論理の密度は殺人事件を扱った前二作と変わりません。2014年に東京創元社から刊行され、本格ミステリ・ベスト10の2015年版で国内8位に入っています。
物語の入り口
収録は五編で、並び順は次のとおりです。「もう一色選べる丼」「風ヶ丘五十円玉祭りの謎」「針宮理恵子のサードインパクト」「天使たちの残暑見舞い」「その花瓶にご注意を」。
二編目に置かれた表題作から、入り口をのぞいてみます。
夏祭りです。裏染天馬と袴田柚乃たち風ヶ丘高校の面々が、屋台をめぐります。
『体育館の殺人』『水族館の殺人』から続く顔ぶれです。たこ焼きを買う。
かき氷を買う。水ヨーヨーを買う。
どの屋台で買い物をしても、お釣りが五十円玉ばかりで返ってくる。それだけのことです。
誰も困っていません。誰も傷ついていません。
警察も来ません。それでも、なぜそうなるのかがわからない。
表題作の謎は、この「なぜ」ひとつです。
たこ焼き、かき氷、水ヨーヨー。どの屋台で買っても、お釣りが五十円玉ばかりだった。
表題作の謎は、夏祭りの手のひらの上にあります。学食や教室、放課後や夏休み。
舞台はどれも、風ヶ丘高校の生徒たちの日常のなかにあります。人の生き死にを扱わない軽さと、それを解く推理の律儀さ。
その二つが同居しているのが、この短編集の基本の読み味です。
読みどころ
この短編集の面白さは、日常に紛れ込んだ小さな謎を、殺人事件と変わらない密度の論理で詰めていくところにあります。 五十円玉ばかりのお釣り。
それを説明できる理屈は、いくつも思いつきそうで、実は思いつきません。ありそうな説明を一つずつ検討し、成り立たないものを消していく。
残った一つが答えです。屋台の店主に聞けば済むではないか、と思うかもしれません。
聞かずに考えるのが、この探偵の流儀です。密室やアリバイを扱ったときと同じ手続きが、屋台の釣り銭に対しても——手加減なしに適用されます。
この手加減のなさが、可笑しくもあり、頼もしくもあります。
もうひとつは、短編という器がこの探偵によく合っていることです。前二作では殺人が起き、学校に警察が入ります。
ここでは、学食や教室の、誰も傷つかない不思議が題材です。駄目人間の天才が、殺人でなくても同じ真剣さで頭を使う。
その姿が五編ぶん並ぶことで、探偵の輪郭が、殺人事件のときとは別の角度から見えてきます。学食で丼を選ぶ場面と、殺人現場を検分する場面。
同じ頭が、同じ手順で動いています。ほっとする読み味と、律儀な推理。
両方を求める人に向いています。
殺人事件の重さを求めて開くと、一編ごとの軽さが物足りなく感じられるかもしれません。けれども、殺人がなくても論理は成立するということを、五編で実証しているのがこの短編集です。
日常の謎という型を、本格の手続きで書く。その試みが、シリーズの幅を広げました。
作品の背景
『体育館の殺人』『水族館の殺人』と殺人事件を扱う本格を二作続けたあと、シリーズ第3弾として選んだのがこの連作短編集です。
単行本は2014年4月に東京創元社から出て、2017年7月に創元推理文庫に入りました。本格ミステリ・ベスト10の2015年版では国内編8位に入っています。
前二作が同ランキングで5位と2位でしたから、短編集でも同じ棚に並んだことになります。
手に取るなら
現行版は創元推理文庫で292ページ、解説は村上貴史です。電子版もあります。
学食、教室、夏休みと舞台を移す全5編は、一編ごとに謎が閉じますから、途中で本を置いても次の一編で困りません。人が死なない分、シリーズの入口にもしやすい一冊です。
長編二作を読んでから開けば探偵の別の顔が見え、ここから入れば長編の前に探偵の声に慣れることができます。どちらの順でも損はありません。
夏祭りの屋台で、お釣りが五十円玉ばかりだった。その理由を、まず自分で考えてみてください。
青崎有吾について
青崎有吾は1991年、神奈川県横浜市の生まれです。明治大学文学部でミステリ研究会に所属し、在学中の2012年に『体育館の殺人』で第22回鮎川哲也賞を受けてデビューしました。
同賞で初めての平成生まれの受賞者です。
高校を舞台に観察と論理で犯人を一人に絞る〈裏染天馬〉シリーズ、怪物の実在する19世紀末を描く〈アンデッドガール・マーダーファルス〉、二人の探偵が謎を分担する〈ノッキンオン・ロックドドア〉と、舞台や設定を大きく替えながら、推理の手続きを省かずに見せる本格を書き続けてきました。2024年には『地雷グリコ』で第24回本格ミステリ大賞、第77回日本推理作家協会賞、第37回山本周五郎賞を受け、第171回直木賞の候補にもなっています。
書誌情報
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