珈琲に毒を盛る誰か。
放課後はミステリーとともに
エアコンのような名前の副部長が挑む、笑いと本格が譲り合わない学園連作短編集。
霧ケ峰涼。どこかで聞いたエアコンの商品名を思わせる名前の、探偵部副部長です。
東川篤哉『放課後はミステリーとともに』は、この副部長が主役の学園ミステリー連作短編集で、〈鯉ケ窪学園〉シリーズの三冊目にあたります。UFOらしき物体の出現、珈琲の毒殺未遂。
学園で起きる不可解な出来事に彼女は首を突っ込みますが、推理はいつも霧の中をさまよいます。2011年の刊行で、翌2012年の第65回日本推理作家協会賞、長編および連作短編集部門の候補に入りました。
シリーズの累計は70万部に達しています。
物語の入り口
主役は霧ケ峰涼です。鯉ケ窪学園の探偵部で、副部長を務めています。
名前がエアコンの商品名に似ている、というところからして、すでに本の調子が分かります。まじめな顔の探偵ではなく、名前で笑われる副部長。
その彼女のところに、不可解な事件がやってきます。題名の「放課後」が示すとおり、授業が終わってからの学園が、探偵としての彼女の持ち場です。
UFOらしき物体の出現。珈琲毒殺未遂事件。
UFOと珈琲という取り合わせだけ見れば、どこかのんきにも聞こえます。UFO「らしき」物体、という言い方からして、正体のはっきりしない騒ぎです。
けれども、学園の中で起きる出来事としては、どちらも大ごとです。UFOは学園に似合わない騒ぎですし、毒殺未遂は笑いごとではない。
それでも本の調子が暗くならないのは、挑む側が霧ケ峰涼だからです。彼女は勇んで事件に向かいます。
そして、推理はいつも迷い道に入ります。
探偵役の推理がすんなり決まらない——この一点が、本の性格を決めています。名探偵が颯爽と解決する型ではなく、副部長が迷いながら考える型だと、読む前から分かる。
迷う探偵の話は、読者が一緒に考える余地を残します。頼りになるのかどうか心もとない副部長の隣で、読み手も手がかりを拾い集めることになります。
一話ごとに事件が独立しているので、一話読んで、また次の日に一話、という読み方ができます。
読みどころ
この短編集の醍醐味は、笑いと本格が譲り合わないところにあります。 エアコンのような名前の副部長、UFO騒ぎ、五里霧中の推理。
素材だけ見れば、笑いのほうへ全部持っていっても本は成り立ちます。東川篤哉はそうしません。
事件には手がかりが置かれ、謎には論理でたどれる筋道がきちんと用意されている。笑わせる場面と考えさせる場面が、同じ頁のなかで肩を並べている——どちらかを削って読むことができない作りです。
もうひとつは、短編集としての手堅さです。連作短編は、一話ごとに謎を立てて畳む力が要ります。
どの話にも本格の道具立てがきちんと揃っていて、UFOと珈琲のように、話ごとに持ち込まれる騒ぎの種類が入れ替わります。謎を立てるのも畳むのも、一話の分量のなかで済ませる作りで、一話を読み終えるたびに、次の謎へ自然と手が伸びます。
UFO騒ぎのような大仰な事件でも、笑いの調子を崩さないまま、話の終わりまで本格の筋道を通していきます。
なお、巻末の著者あとがきは、本編の結末に関わる内容を含みます。本編を読み終えるまで、あとがきを先に開かないでください。
書店で手に取ってページをめくるときも、巻末には気をつけたほうがよいでしょう。
作品の背景
〈鯉ケ窪学園〉シリーズは、2004年の『学ばない探偵たちの学園』に始まり、『殺意は必ず三度ある』を経て、本作へ続きます。本作は2011年2月に実業之日本社から単行本で刊行され、第65回日本推理作家協会賞の長編および連作短編集部門で候補に挙がりました。
受賞作は高野和明『ジェノサイド』です。シリーズは累計70万部に達しています。
手に取るなら
現在手に取るなら、実業之日本社文庫の新装版です。368ページ、電子版もあります。
若い読者にはカスヤナガトの挿絵が入ったジュニア文庫版という選択もあります。〈鯉ケ窪学園〉シリーズの中では三冊目にあたりますが、この一冊から読み始められます。
気に入ったら、続篇『探偵部への挑戦状 放課後はミステリーとともに2』へ、そして同じ学園を舞台にした『君に読ませたいミステリがあるんだ』へと進めます。一話ずつ区切って、笑いながら考える。
そういう読み方に向いた一冊で、東川篤哉を初めて読む人にも、烏賊川市シリーズから来た人にも、扉は開いています。
東川篤哉について
東川篤哉は1968年、広島県尾道市の生まれです。岡山大学法学部を卒業し、鮎川哲也が編集を務めた公募アンソロジー『本格推理』への入選を重ねたのち、2002年に光文社の新人発掘企画〈KAPPA-ONE〉の第一期として『密室の鍵貸します』でデビューしました。
笑いの絶えない語り口のなかに本格の謎解きを組み込む作風で知られ、私立探偵の鵜飼杜夫が活躍する烏賊川市シリーズや、学園を舞台にした鯉ケ窪学園シリーズなど、連作を数多く書いています。2011年には『謎解きはディナーのあとで』で第8回本屋大賞を受け、広く読まれる作家になりました。
ほかに『魔法使いは完全犯罪の夢を見るか?』『探偵少女アリサの事件簿』などのシリーズがあります。
書誌情報
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