皿にはなぜか四つめ。
巴里マカロンの謎
三種類のはずのマカロンが皿に四つ——小さなほころびを本気の論理で解く連作短編集。
新しくオープンした店に行って、マカロンを食べる。それだけの予定でした。
その店のティー&マカロンセットで注文できるマカロンは三種類。しかし小佐内さんの皿には、あるはずのない四つめのマカロンが乗っていました。
『巴里マカロンの謎』は、米澤穂信の〈小市民〉シリーズ、11年ぶりの新刊として2020年に刊行された番外編の連作短編集です。目次に並ぶのは、都市の名前を冠した四つの洋菓子。
人が死ぬわけでも、館が閉ざされるわけでもありません。それでも一篇ごとに、日常のなめらかな表面に小さなほころびが現れ、そこから推論がきちんと立ち上がっていきます。
物語の入り口
心穏やかで無害で、易きに流れる小市民を目指す、あのふたりが帰ってきました。小鳩君と小佐内さん。
小市民を目指す二人の高校生が、また甘いものと小さな謎に巡り合います。名探偵を気取らず、目立たず、平穏に日々を過ごすことを望む高校生の二人組です。
ただし、小佐内さんは甘いものに目がなく、小鳩君は謎を前にすると考えずにはいられない。その二つの性分が、この番外編でも変わらず顔を出します。
表題作の発端は、新しくオープンした店のティー&マカロンセット。注文できるマカロンは三種類のはずです。
ところが小佐内さんの皿には、あるはずのない四つめのマカロンが乗っている。誰が、なぜ、四つめを置いたのか。
店のミスなのか、誰かの悪戯なのか、それとも。菓子ひとつをめぐる、ごく小さな不思議。
誰も困っていないし、誰も傷ついていない。それでも、あるはずのないものがそこにある以上、理由はあるはずです。
小鳩君は、早速思考を巡らし始めます。目の前の皿という、これ以上ないほど限られた条件から、可能性を一つずつつぶしていく。
読者は、同じテーブルについて、皿を覗き込む位置に立たされます。手がかりは目の前にすべてある。
それでも、答えはすぐには見えない。収録作は「巴里マカロンの謎」「紐育チーズケーキの謎」「伯林あげぱんの謎」「花府シュークリームの謎」の四篇に、「今、振り返る 小鳩君と小佐内さんの謎解きの軌跡」を添えた構成です。
都市の名を冠した洋菓子が、一篇ごとに新しい謎の器になります。
読みどころ
甘い題名に油断していると、論理の目の細かさに背筋が伸びます。 謎の規模が小さいぶん、逃げ場もありません。
提示された条件だけで可能性をつぶし、残ったものを拾い上げる。その手続きが省略されないので、読み終えたときに残るのは「うまいことを言った」ではなく「筋が通った」という感触です。
日常の謎という系統の醍醐味が、四つの菓子に凝縮されています。
もうひとつは、11年の空白のあとに戻ってきた二人の、変わらなさです。菓子を挟んで交わされる会話の呼吸は、シリーズの読者が知っているとおり。
番外編という性格上、本編の流れを知らなくても迷子になりませんし、知っている人には懐かしい再会になります。長い空白を感じさせない語り口に、作者の手の確かさが表れています。
こんな人におすすめ
四篇はそれぞれ一つの菓子で完結するので、一篇読んでは本を閉じ、間を置いてまた次の皿へ、という読み方ができる本です。甘いものが好きな人、日常の謎の端正さを味わいたい人に、まず薦められます。
テレビアニメ『小市民シリーズ』で世界観に触れた人が、活字で確かめ直す入り口にするのもよいでしょう。逆に、事件の重さや緊迫感を求める気分のときには、この菓子の皿の上の謎は少し軽く感じられるかもしれません。
作品の背景
本作が属する〈小市民〉シリーズは、米澤穂信の仕事のなかでも軽やかな場所にあり、2004年の『春期限定いちごタルト事件』に始まりました。2020年1月に刊行された本作は、実に11年ぶりの新刊で、位置づけは番外編。
〈ハヤカワ・ミステリマガジン〉ミステリが読みたい!国内篇で10位に入り、2025年にはシリーズ全体が第10回吉川英治文庫賞を受けています。創元推理文庫、298ページ。
装画は片山若子です。薄めの一冊に、四つの謎がきっちり収まっています。
手に取るなら
現行版は創元推理文庫。電子版も用意されています。
シリーズ第1作から順に追うのが本筋ではあるものの、番外編なのでここから入っても困りません。マカロンを一つ、手元に置いて読むのが、この本にはいちばん似合います。
読み終える頃には、皿の上の菓子の数を、つい数えてしまうようになるかもしれません。
米澤穂信について
米澤穂信は1978年、岐阜県の生まれです。金沢大学文学部の在学中からウェブサイトで小説を発表しており、大学時代に北村薫の『空飛ぶ馬』『六の宮の姫君』を読んで衝撃を受け、ミステリへ進む道を定めたといいます。
卒業後は書店で働きながら書き続け、2001年に『氷菓』で第5回角川学園小説大賞ヤングミステリー&ホラー部門奨励賞を受けてデビューしました。
高校生の身の回りの謎を扱う〈古典部〉〈小市民〉の両シリーズを書き継ぐ一方、大人の読者に向けた長編や短編集へも領域を広げてきました。2011年に『折れた竜骨』で第64回日本推理作家協会賞、2014年に『満願』で第27回山本周五郎賞を受け、2021年刊の『黒牢城』では第12回山田風太郎賞に続いて第166回直木三十五賞と第22回本格ミステリ大賞を受けています。
2025年には〈小市民〉シリーズで第10回吉川英治文庫賞を受けました。
書誌情報
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