十八年前の惨劇に踏み込む。
赤い猫
車椅子の老婦人が18年前の惨劇に踏み込む表題作を軸にした短篇傑作選。
車椅子の老婦人が、18年前に起きた惨劇をもう一度たどり直す。仁木悦子『赤い猫 ミステリ短篇傑作選』の表題作は、そういう筋立ての短編です。
1980年3月の『小説現代』に載り、翌1981年に第34回日本推理作家協会賞の短編部門を受けました。本書はその「赤い猫」を表題に、仁木悦子の短編を日下三蔵が選んで編んだ傑作選で、ちくま文庫から2018年に出ています。
表題作の初出から、38年後の刊行です。語り口は軽く、謎解きは筋を通し、読み終えたところに苦いものがかすかに残る。
そういう読み味の短編が、表題作とともに並んでいます。
物語の入り口
表題作「赤い猫」の入り口は、車椅子の老婦人です。その老婦人が、18年前に何があったのかを確かめようとします。
車椅子という条件と、18年という時間の距離——この二つが、話の最初から重なっています。18年は、子どもが大人になるほどの歳月です。
動ける範囲の限られた人が、それだけ遠くなった過去の出来事に手を伸ばす。その構図が、短い一編のなかに緊張を生んでいます。
本書は短編集で、表題作のほかにも、日下三蔵が選んだ仁木悦子の短編が並びます。448ページの文庫に収まった篇の数だけ、別々の事件と別々の人物に出会うことになります。
一日一篇ずつ読める長さです。表題作から入るのが順当ですが、目次を眺めて気になる題名から読んでも困りません。
長さのわりに、読み終えたときの充実が大きい。それが、この傑作選の一編ごとの手ざわりです。
読みどころ
軽い語り口で謎解きを運び、読後にかすかな苦みを残す。その配合が一編ごとに保たれています。
人が死ぬ話でも、書き口が陰にこもりません。明るい語りの中に、きちんと手がかりが置かれ、最後には筋が畳まれる。
そのうえで、読み終えたあとに少しだけ苦いものが残ります。笑い、謎解き、苦み。
ユーモアがあるから苦みが際立ち、苦みがあるから笑いが軽くなりすぎない。三つのうちどれか一つに寄りかからない配合が、仁木悦子の短編の持ち味です。
重い出来事を扱っても読後に疲れが残りにくく、謎解きの手応えと読みやすさが同じ頁の上で両立しています。
もうひとつは、車椅子の老婦人という表題作の探偵役です。両足の麻痺を抱えて独学で育ち、1958年にようやく車椅子で動けるようになった作家が、それから20年余りを経て書いた一編です。
ただし、作家の経歴と作中人物を重ね合わせて読む必要はありません。動ける範囲の限られた老婦人が、18年前の惨劇にどう迫るのか。
その一点が、推理小説の楽しみとしてそれだけで立っています。日下三蔵は、この協会賞受賞作を傑作選の表題に据えました。
短編集としての区切りやすさも、この本の利点です。一篇読んで閉じ、翌日また次の一篇へ進む。
そういう付き合い方ができる本です。仁木悦子を初めて読む人も、一冊で多くの短編に触れられるこの傑作選から、無理なく入っていけます。
読む順序に決まりはなく、表題作を最後に取っておく読み方もできます。
作品の背景
編者の日下三蔵は、ちくま文庫で山川方夫・都筑道夫・田中小実昌・結城昌治らの傑作選も手がけています。表題作の「赤い猫」は1981年の日本推理作家協会賞短編部門の受賞作で、仁木悦子にとっては1957年の江戸川乱歩賞でのデビューから24年後の受賞でした。
本書は、仁木悦子の短編をまとめて読める入門編にあたります。
手に取るなら
現在手に取るなら、2018年5月に出たちくま文庫の『赤い猫 ミステリ短篇傑作選』です。448ページ、電子版もあります。
厚みはありますが、一篇ずつ区切って読めます。長編を読んでいなくても入っていけますし、むしろ長編に進む前に、この傑作選で作家の幅を確かめる順序を勧めます。
乱歩賞を受けた長編『猫は知っていた』から入った人には、それから24年後に協会賞を受けた短編を読める一冊になります。車椅子の老婦人と、18年という時間の隔たり。
表題作のその一編が、この傑作選の入り口です。
仁木悦子について
仁木悦子は1928年に東京府で生まれ、1986年に58歳で亡くなりました。4歳で胸椎カリエスを発病して両足が麻痺し、学校へは通わずに独学で育ちます。
戦後に童話を書き始め、旧姓の大井三重子の名でも子ども向けの作品を残しました。
姉の影響で海外の推理小説を読むようになり、書き上げた長編『猫は知っていた』は、応募先の公募企画が中止になったあと江戸川乱歩の勧めで第3回江戸川乱歩賞に回され、1957年に受賞します。同作はベストセラーとなり、明るく読みやすい作風から「日本のクリスティー」とも呼ばれました。
探偵役には、学生の仁木雄太郎・悦子の兄妹と、ハードボイルド寄りの私立探偵・三影潤の二系統があります。1961年には女性推理作家の会「霧の会」を結成し、1981年には短編「赤い猫」で第34回日本推理作家協会賞を受けました。
書誌情報
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