現代国内 2023
校了直前に絵師が消えた。
文芸部は昼休みに大捜索。
『午後のチャイムが鳴るまでは』阿津川辰海

書評

午後のチャイムが鳴るまでは

昼休みという時間制限そのものが推理の条件になる、高校を舞台にした連作短編集

午後のチャイムが鳴るまでは 表紙画像
阿津川辰海 実業之日本社(単行本)2023年
目次

九十九ヶ丘高校の、ある日の昼休み。2年の男子ふたりが、体育館裏のフェンスに空いた穴から、密かに学校を抜け出しました。

タイムリミットは65分。阿津川辰海『午後のチャイムが鳴るまでは』は、この脱出劇から始まる連作短編集です。

舞台は高校、時間は昼休み。五編すべてが、午後のチャイムが鳴るまでのあいだだけを描きます。

文化祭で販売する部誌の校了に追いつめられた文芸部員たちが、行方不明の表紙イラストレーターを探して校内を大捜索する話があり、そのあとに「賭博師は恋に舞う」「占いの館へおいで」「過去からの挑戦」の三編が続きます。限られた昼休みのなかを本気で走り回る高校生たちの群像劇と、手の込んだトリック。

その二つを一つに溶け合わせた学園ミステリです。2023年に実業之日本社から刊行され、本格ミステリ・ベスト10の2024年版で国内4位に入りました。

物語の入り口

収録は五編で、並びは第1話「RUN! ラーメン RUN!」、第2話「いつになったら入稿完了?」、第3話「賭博師は恋に舞う」、第4話「占いの館へおいで」、第5話「過去からの挑戦」。どの編も、昼休みが始まってから午後のチャイムが鳴るまでの、限られた時間の話です。

第1話。九十九ヶ丘高校の、ある日の昼休み。

2年の男子ふたりが、体育館裏のフェンスに空いた穴から、密かに学校を抜け出します。タイムリミットは65分。

題名から察するに、目的地はラーメン屋です。密かに、というからには、見つかればそこで終わりです。

抜け出して、用を済ませ、チャイムまでに何食わぬ顔で戻る。言葉にすれば簡単な計画が、65分という枠のなかでは綱渡りになります。

第2話。文化祭で販売する部誌の校了に、文芸部員たちが追いつめられています。

肝心の表紙イラストレーターが、行方不明になった。表紙がなければ、部誌は出ません。

文化祭の日取りは動かせず、校了も待ってはくれない。部員たちは、昼休みの校内を大捜索します。

ここでも、時間は昼休みのあいだだけです。

フェンスの穴から外へ抜け出すふたりと、校内を大捜索する文芸部員たち。最初の二編を並べただけでも、同じ昼休みの使い方がまるで正反対です。

一方は学校の外へ出ようとし、もう一方は学校の中を駆けずり回ります。二編のあいだで、中心に立つ生徒も、抱えている事情もすっかり入れ替わります。

残る三編の題名には、賭博師に占いの館と、高校の昼休みにはおよそ似つかわしくない言葉も並びます。読者は、チャイムが鳴るまでの時間を、生徒たちと同じ時計で過ごすことになります。

読みどころ

この短編集の読みどころは、昼休みという時間の枠そのものが、推理の条件として働くところにあります。 昼休みは、短い。

チャイムが鳴れば、終わりです。その枠のなかで、抜け出し、探し、賭け、占い、挑む。

何かをするには、場所と時間の制約をかいくぐらなければならない。制約が厳しいほど、できることとできないことの線がはっきりします。

線がはっきりすれば、推理が成り立つ。学校という閉じた場所と、昼休みという短い時間を、この書き手は謎解きの道具立てにしています。

もうひとつは、事件の小ささです。人は死にません。

血なまぐささは、ほとんどない。ラーメンを食べに行きたい、部誌を入稿したい。

それだけのことに、高校生たちは全力を注ぎます。他人から見れば馬鹿らしい。

けれども、本人たちには一大事です。その一大事に、凝りに凝ったトリックが注ぎ込まれる。

小さな事件と大きな技巧——その落差が、この短編集の可笑しさと、真剣さの両方を作っています。

学園ものの軽やかな読み心地と、本格の手続きの確かさとが、どちらも薄まらずに同じ頁に並んでいます。〈館四重奏〉のような長編を書き継いできた著者の、もうひとつの顔がここにあります。

作品の背景

この作品は2023年9月21日に実業之日本社から単行本で出て、四六判384ページ。装画はオオタガキ フミです。

本格ミステリ・ベスト10の2024年版で国内4位でした。

手に取るなら

実業之日本社の単行本で384ページです。一編あたりの分量は短く、区切って読めます。

昼休みに一編、という読み方が、この作品にはいちばん似合います。血なまぐさいのが苦手な人、学園ものが好きな人、短い枠のなかで組み立てられた謎解きを味わいたい人に。

著者の他の作品を読んでいなくても困りません。タイムリミットは65分——フェンスの穴をくぐるふたりと一緒に、チャイムが鳴る前に戻ってきてください。

阿津川辰海について

阿津川辰海は1994年、東京都に生まれました。東京大学法学部に在学中は文芸サークル「新月お茶の会」に所属し、光文社の新人発掘企画〈カッパ・ツー〉の第一期に選ばれて、2017年に『名探偵は嘘をつかない』でデビューしています。

『紅蓮館の殺人』に始まる〈館四重奏〉や、短編集『透明人間は密室に潜む』『入れ子細工の夜』など、特殊な設定や極限の状況を持ち込み、その上で論理を組み立てる本格ミステリを書き継いできました。『透明人間は密室に潜む』は『本格ミステリ・ベスト10』2021年版で国内1位となり、2023年には『阿津川辰海 読書日記 かくしてミステリー作家は語る〈新鋭奮闘編〉』で第23回本格ミステリ大賞の評論・研究部門を受けています。

書誌情報

出版社
実業之日本社 / 単行本
刊行年
2023
ISBN-13
9784408538440
系譜
現代国内 / 連作短編
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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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