現代国内 2017
一時間半で世界が変わった。
それでも密室殺人は起きる。
『屍人荘の殺人』今村昌弘

書評

屍人荘の殺人

鮎川賞・本格ミステリ大賞・三冠1位を制した今村昌弘デビュー作。クローズドサークル特殊設定本格。

屍人荘の殺人 表紙画像
今村昌弘 東京創元社(創元推理文庫)2017年
目次

殺人より先に、足もとの世界が変わってしまいます。今村昌弘『屍人荘の殺人』は、大学のサークル合宿というありふれた舞台に、その順番を持ち込んだデビュー作です。

探偵を名乗る学生が二人と、その助手が一人。夏の合宿先で思いもよらない事態に出くわした彼らは、宿に立て籠もるほかなくなります。

新人賞の受賞作として世に出て、その年の年末ランキングの首位をそろって占めた、〈剣崎比留子〉シリーズの第1作です。

物語の入り口

舞台は神紅大学です。ミステリ愛好会の会長で、みずから『名探偵』を任じる明智恭介と、その助手を務める葉村譲がいます。

そこへ、同じ大学に通う探偵少女・剣崎比留子が加わる。探偵役を名乗る人物が一つの集まりに二人も顔をそろえ、しかも片方は助手を連れている、という配置からして、すでに舞台は整っています。

名探偵に憧れる学生たちの集まりに、本物の事件が向こうから近づいてくる。そういう始まり方です。

三人がそろって出かけるのは、映画研究部の夏合宿です。この映研には、どうやらいわくがあるらしい。

そうした含みを抱えたまま、一行は宿泊先の紫湛荘に入ります。学生の夏休みらしい、気楽なはずの数日間が、ここから始まるはずでした。

合宿初日の夜、事態は一変します。三人は想像もしなかった出来事に遭遇し、紫湛荘に立て籠もるしかなくなる。

変化にかかった時間は、わずか一時間半ほどでした。外へ出るという選択肢が消え、建物の内側だけが居場所になります。

全員が生きて朝を迎えられるかどうかも、誰にもわからない。そういう極限の状況です。

そのさなか、映研の一人が密室で惨殺死体となって見つかります。しかもそれは、連続殺人の始まりにすぎませんでした。

逃げ場を失ったまま、探偵を志す学生たちは二つのことを同時に迫られます——生き延びることと、謎を解くこと。

密室の死体を前にしても、紫湛荘の扉を開けて助けを呼びに走ることはできません。読者は三人のすぐそばに座らされ、閉ざされた建物で同じ夜の空気を吸うことになります。

読みどころ

読みどころは、奇想と謎解きが別々に置かれず、一つの仕掛けとして噛み合う点にあります。

前提となる特殊なルールは、作中の人物にも読者にも明示されます。そのうえで、不可能状況も、犯人を特定する論理も、その制約の内側でしか成り立たないように組み上げられている。

奇抜な設定が飾りとして置かれているのではなく、推理の土台そのものになっているわけです。ルールを知らされたうえで考えられるので、謎解きは最後まで読む側に開かれています。

設定の突飛さに目を奪われながらも、論理の筋道からは目を離せない。その二重の緊張が、読んでいるあいだずっと続きます。

もうひとつは、探偵役の顔ぶれです。愛好会の会長が『名探偵』を名乗って助手を連れ歩き、そこに同じ大学の探偵少女が合流する。

探偵に憧れる学生たちの、どこか芝居がかった構図が、そのまま生死のかかった場所へ持ち込まれます。サークル活動の気安さと、明日を約束されない閉塞感がひとつ屋根の下で隣り合う——その落差が、頁を繰る手を止めさせません。

こんな人におすすめ

外界から切り離された建物で連続殺人が起きる、という古典的な見取り図が好きな読者にまず向きます。そのうえで、新人賞の選考で満場一致の支持を集めた発想を、自分の目で確かめたい方にも。

反対に、密室の惨殺死体から事件が動き出すので、血の匂いのする場面が苦手な方は、少し心づもりをしておくとよいでしょう。それでも、明示されたルールの内側で組み上げられた謎解きを確かめる機会として、一度は開いておきたい入り口です。

作品の背景

今村昌弘は放射線技師の仕事を続けながら小説を書いていました。その原稿が第27回鮎川哲也賞を受け、2017年に東京創元社から刊行されてデビューを果たします。

選考委員には北村薫・辻真先・東川篤哉らが名を連ね、受賞は満場一致でした。

刊行後の歩みは、新人のデビュー作としては異例のものです。「このミステリーがすごい!2018年版」「2018本格ミステリ・ベスト10」「週刊文春ミステリーベスト10 2017」の国内編で、三つそろって第1位。

さらに第18回本格ミステリ大賞(小説部門)も受けました。2019年には木村ひさし監督、蒔田光治脚本、神木隆之介・浜辺美波・中村倫也らの出演で映画化され、同年12月に全国東宝系で公開されています。

続編に『魔眼の匣の殺人』『兇人邸の殺人』があり、シリーズの累計は50万部に達しました。

手に取るなら

いま手に取るなら、2019年刊の創元推理文庫版です。単行本は2017年に東京創元社から出ており、文庫には有栖川有栖が解説を寄せています。

〈剣崎比留子〉シリーズの第1作にあたるので、『魔眼の匣の殺人』『兇人邸の殺人』へ進む前に、まずここから読むのが順当です。単行本の刊行から2年での文庫化で、映画の公開と同じ年に、手に取りやすい形がそろいました。

紫湛荘で迎えるその夜から、三人と同じ場所で謎を追いかけてみてください。

今村昌弘について

今村昌弘は1985年、長崎県の生まれで、兵庫県で育ちました。岡山大学で放射線技術を学び、卒業後は診療放射線技師として働きながら小説を書き続け、29歳で職を離れて執筆に打ち込みます。

2017年、『屍人荘の殺人』で第27回鮎川哲也賞を受けてデビューし、同作は翌年に第18回本格ミステリ大賞[小説部門]も受けました。

その後は剣崎比留子を探偵役とするシリーズとして『魔眼の匣の殺人』『兇人邸の殺人』を書き継ぎ、シリーズの外でも、ジュブナイルとオカルトを取り込んだ『でぃすぺる』や、明智恭介を主役に据えた短編集『明智恭介の奔走』を発表しています。2021年にはテレビドラマ『ネメシス』に脚本協力として加わるなど、小説の外にも仕事を広げています。

書誌情報

出版社
東京創元社 / 創元推理文庫
刊行年
2017
系譜
現代国内 / 特殊設定本格 · クローズドサークル

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リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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