現代国内 2021
首斬り殺人鬼のいる屋敷。
生存者は脱出を選ばない。
『兇人邸の殺人』今村昌弘

書評

兇人邸の殺人

廃墟テーマパークの奇怪な屋敷に待つ首斬り殺人鬼。剣崎比留子シリーズ第3作。

兇人邸の殺人 表紙画像
今村昌弘 東京創元社(創元推理文庫)2021年
目次

招かれた客として、門をくぐるのではありません。三月の深夜、葉村譲と剣崎比留子は、廃墟となったテーマパークにそびえる屋敷へ、忍び込む側として足を踏み入れます。

今村昌弘『兇人邸の殺人』の舞台は、入ったが最後、二度と姿を見ることはないと噂される「兇人邸」。そこで待っていたのは、首を斬る殺人鬼でした。

シリーズ第3作は、逃げ惑う一夜から幕を開けます。

物語の入り口

舞台は、廃墟となったテーマパークの一角にそびえる奇怪な屋敷です。入ったが最後、姿を見ることは二度とない。

そんな噂のつきまとう「兇人邸」へ、三月の深夜、ひとつのグループが侵入します。目当ては班目機関の研究資料。

そのグループに同行するかたちで、神紅大学の二人も邸の内側へ入り込みます。資料を求めての侵入が、生き延びるための一夜へと変わるまで、長くはかかりません。

邸で一行を待ち構えていたのは、無慈悲な首斬り殺人鬼でした。暗い屋内を逃げ惑う、狂乱の一夜。

夜が明けると、同行者が一人、また一人と、首のない死体となって見つかっていきます。そして、その混乱のさなかに、比留子の行方がわからなくなります。

惨劇を目の当たりにしても、生き残った者たちは、迷路のような邸から脱出する道を選べずにいます。それぞれが、何らかの思惑を抱えているからです。

命の危険と引き換えにしてでも、とどまる理由がある人々——その思惑の中身は、まだ見えてきません。さらに、首斬りの殺人鬼とは別に、もう一人の殺人者がいるのではないかという疑いが持ち上がります。

読者は、正体の知れない脅威と、腹の内の読めない同行者たちに挟まれた場所に立たされます。外には首斬りの影があり、内には思惑を隠した顔ぶれがいる。

頼りにしてきた相棒は、もう隣にいません。問いは、葉村が相棒を見つけ出し、ともに謎を解いて生き延びられるかどうかへと絞られていきます。

脅威は一つなのか、それとも二つなのか。その問いを抱えたまま、夜明け後の時間が動き出します。

読みどころ

本作の醍醐味は、殺人鬼から逃れる恐怖と、犯人を問う推理が一つの屋敷に同居する点にあります。

首斬り殺人鬼の脅威は、真正面から迫ってきます。身を隠し、逃げ道を探すだけで精一杯の状況です。

ところが、別の殺人者がいるかもしれないという可能性が浮かんだとたん、邸は隠れる場所であると同時に、誰かが何かを企てうる場所にもなります。生き延びるために動くことと、誰が何をしたのかを考えることが、同じ廊下の上で進んでいく。

廃墟のテーマパークという場所柄も相まって、屋敷は外界から切り離された迷宮として立ち上がります。迷路のような間取りは、逃げる者の足をもつれさせ、推理する者の視界をさえぎるでしょう。

もうひとつ、この巻を特徴づける出来事があります。惨劇の一夜が明けたところで、比留子の行方がわからなくなるのです。

二人で謎に向き合ってきた組み合わせが、ここでは引き離される。相棒を欠いたまま、残された側は邸のなかで何を見て、どう考えるのか。

捜す者と捜される者に分かれた二人が、ふたたび並んで謎に向き合えるのかどうか。その行方もまた、頁をめくらせる力になります。

前2作と同じ顔ぶれでありながら、並び方が変わる——その変化が、この巻の読み味を形づくっています。

こんな人におすすめ

『屍人荘の殺人』『魔眼の匣の殺人』と二人の歩みに付き合ってきた読者には、組み合わせが揺さぶられる巻として薦められます。逃げる緊張と推理の手順が、一つの舞台で絡み合う組み立てを好む人にも向いています。

首のない死体が次々と見つかる筋立てなので、血なまぐさい題材が苦手な人には、重たく感じられる場面もあるはずです。

作品の背景

『兇人邸の殺人』は2021年に東京創元社から刊行された、〈剣崎比留子〉シリーズの第3作です。今村昌弘のデビュー作『屍人荘の殺人』、そして『魔眼の匣の殺人』に続く巻で、「このミステリーがすごい!」2022年版の国内編では4位に入りました。

『屍人荘の殺人』シリーズとも呼ばれるこの連作は、累計140万部を数えます。

手に取るなら

現在手に取るなら、創元推理文庫版です。綾辻行人と今村昌弘の特別対談が収録されています。

シリーズの刊行順は『屍人荘の殺人』『魔眼の匣の殺人』、そしてこの巻です。順に読めば、この組み合わせが前2作で積み重ねてきたものを知ったうえで、引き離される場面に立ち会えます。

廃墟の屋敷に消えた相棒の行方を、夜明けの邸で追いかけてみてください。

今村昌弘について

今村昌弘は1985年、長崎県の生まれで、兵庫県で育ちました。岡山大学で放射線技術を学び、卒業後は診療放射線技師として働きながら小説を書き続け、29歳で職を離れて執筆に打ち込みます。

2017年、『屍人荘の殺人』で第27回鮎川哲也賞を受けてデビューし、同作は翌年に第18回本格ミステリ大賞[小説部門]も受けました。

その後は剣崎比留子を探偵役とするシリーズとして『魔眼の匣の殺人』『兇人邸の殺人』を書き継ぎ、シリーズの外でも、ジュブナイルとオカルトを取り込んだ『でぃすぺる』や、明智恭介を主役に据えた短編集『明智恭介の奔走』を発表しています。2021年にはテレビドラマ『ネメシス』に脚本協力として加わるなど、小説の外にも仕事を広げています。

書誌情報

出版社
東京創元社 / 創元推理文庫
刊行年
2021
系譜
現代国内 / 特殊設定本格 · クローズドサークル

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リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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