現代国内 2019
一九六〇年の殺人を
止めなければ妻が死ぬ。
『時空旅行者の砂時計』方丈貴恵

書評

時空旅行者の砂時計

重病の妻を救うため1960年へ送られた主人公。タイムトラベルを扱う鮎川賞デビュー作。

時空旅行者の砂時計 表紙画像
方丈貴恵 東京創元社(創元推理文庫)2019年
目次

2018年から、1960年へ。五十八年の時を逆にたどった先で、一人の男が向き合うことになるのは、ある一族を襲った惨劇です。

方丈貴恵『時空旅行者の砂時計』は、タイムトラベルという空想の装置と、不可能殺人をめぐる謎解きとを、同じ一つの舞台に載せてみせた作品です。2019年に第29回鮎川哲也賞を受け、著者のデビュー長編として世に出ました。

探偵役・加茂冬馬が初めて姿を見せる、〈竜泉家の一族〉三部作の幕開けです。

物語の入り口

主人公の加茂冬馬は、2018年を生きる男です。その妻が、いま瀕死の状態にあります。

打つ手の見えない現実のなかで、彼はマイスター・ホラを名乗る者の声を聞きます。声は、妻を救う道があると告げ、しかもその道は半世紀以上も前の過去を通っているのだと言います。

声が示す行き先は、1960年です。その年、妻の祖先にあたる竜泉家の人々が殺害され、さらにその後に起きた土砂崩れによって、一族のほとんどが命を落としました。

この一連の出来事は『死野の惨劇』と呼ばれています。妻を救うためには、惨劇の真相を解明し、そのうえで惨劇そのものを阻止しなくてはならない。

謎を解くことと、起きることを止めること——性質の違う二つの仕事を背負わされたまま、彼は声に導かれて時をさかのぼります。

たどり着いた先は、惨劇が幕を開けた竜泉家の別荘です。そこには一枚の絵画が飾られていました。

題は『キマイラ』。やがて別荘では、その絵に見立てたかのような殺人が起こります。

一件では終わらず、どれもが不可能としか思えない状況のもとで、事件は数を重ねていきます。

読者は、時代の外からやって来た者の目で、別荘の出来事を追う位置に据えられます。見知らぬ一族、見知らぬ屋敷、そして六十年近く前の暮らし。

主人公にとって勝手のわからない場所は、頁を繰る側にとっても同じように不慣れな場所です。その不慣れさを抱えたまま、事件の現場に立ち会うことになります。

読みどころ

読みどころは、時を越える旅と不可能殺人の謎解きが、一つの別荘で組み合わさる点にあります。

物語の枠は、タイムトラベルという大きな空想の側にあります。一方で、事件そのものは一族の別荘で起きる連続殺人であり、しかも見立てと不可能状況という、本格ミステリの道具立てをまとっています。

枠組みの大きさと、事件の手堅さ——その二つが並んで置かれていることが、この作品の顔つきを決めています。空想の装置を持ち込んだデビュー作が、鮎川哲也賞を受け、続いて第20回本格ミステリ大賞の候補にも名を連ねました。

寄せられた評価は、謎解きの作品としてのものです。

もうひとつは、探偵役が謎に挑む理由です。加茂を動かしているのは、名誉でも好奇心でもなく、瀕死の妻の命です。

五十八年前、妻の祖先の別荘で起きた事件が、そのまま現在の家族の生死につながっている。遠い過去の惨劇を解く作業に、切実な重みが最初から掛けられているわけです。

一枚の絵を中心に据えた別荘の不穏さと、時間を隔てた夫婦の距離。その二重の緊張が、事件の謎と並んで頁を先へ送ります。

こんな人におすすめ

見立て殺人や一族の屋敷といった道具立てを好む本格の読者には、古典的な型に時間旅行の枠をはめた作品として薦められます。特殊設定ミステリという呼び名に惹かれて何か読んでみたい人には、その系譜に連なるデビュー作として。

一方、タイムトラベルの理屈そのものを主役として味わいたいSFの読者は、中心にあるのがあくまで謎解きだと心得て開くとよいでしょう。

作品の背景

『時空旅行者の砂時計』は第29回鮎川哲也賞の受賞作で、2019年10月に東京創元社から単行本で刊行されました。刊行後は「2020本格ミステリ・ベスト10」の国内編で7位に入り、新人の第一作が年末のランキングにも名前を残しました。

三部作はその後、2020年の第二弾『孤島の来訪者』、2022年の第三弾『名探偵に甘美なる死を』と書き継がれました。

手に取るなら

現在手に取るなら、創元推理文庫版です。巻末の解説は辻真先が担当しています。

〈竜泉家の一族〉三部作を刊行順にたどるなら、この巻から開くことになります。2018年の現在から1960年の別荘へ、時を逆にたどる旅の始まりを告げる一冊です。

方丈貴恵について

方丈貴恵は1984年、兵庫県姫路市の生まれです。京都大学を卒業し、在学中は京都大学推理小説研究会に所属していました。

ゲーム会社勤めを経て、2019年に『時空旅行者の砂時計』で第29回鮎川哲也賞を受けてデビューしています。

同作に始まる〈竜泉家の一族〉三部作は、タイムトラベルをはじめ作品ごとに異なる特殊な設定を持ち込みながら、謎解きの骨格は本格の作法で組み立てるシリーズでした。第二弾『孤島の来訪者』は2020年のSRの会ミステリーベスト10で1位に選ばれています。

三部作を書き終えたあとは、光文社から『アミュレット・ホテル』、講談社から『少女には向かない完全犯罪』と発表の場を広げ、『名探偵に甘美なる死を』と『アミュレット・ホテル』で2年続けて本格ミステリ大賞の候補に挙がりました。

書誌情報

出版社
東京創元社 / 創元推理文庫
刊行年
2019
系譜
現代国内 / 特殊設定本格

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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