予言のあとに橋が焼けた。
魔眼の匣の殺人
「2日のうちに4人死ぬ」と予言が告げられた山中の施設。剣崎比留子シリーズ第2作。
「あと二日のうちに、この地で四人死ぬ」。人里離れた山中の施設で、予言者として恐れられる老女が、訪れた者たちにそう告げます。
今村昌弘『魔眼の匣の殺人』は、この一言が物語の時計を動かしはじめる作品です。外の世界へ通じる道は、一本の橋だけ——。
その橋が燃え落ちたとき、薄気味の悪い言葉は、逃げ場のない場所で迎える期限へと姿を変えます。デビュー作で年末のランキングを制した作家が、2019年に送り出したシリーズ第2作です。
物語の入り口
その日、人里離れた元研究施設を、九人の一行が訪れます。神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と剣崎比留子も、そのなかにいました。
施設はかつて班目機関が使っていたもので、「魔眼の匣」と呼ばれています。主として暮らしているのは、予言者として恐れられている老女です。
彼女は来訪者を前に、あと二日のうちに、この地で四人が死ぬと言い放ちます。
この段階では、予言はまだ不吉な宣告にすぎません。来訪者たちにとって、それは山奥の施設に伝わる風変わりな脅し文句として聞こえてもおかしくない言葉です。
ところが、施設と外界を結ぶ唯一の橋が燃え落ち、一行は山中に取り残されます。そしてほどなく、予言をなぞるかのように一人が命を落とします。
閉じ込められた者たちのあいだに、混乱と恐怖が広がっていきます。
追い打ちをかけるのは、客の一人である女子高生の告白です。自分にも予知の力がある、と彼女は打ち明けます。
施設の主の予言に、もう一つの予言が重なる——頼るべき言葉が増えるのではなく、身を縛る言葉が増えるのです。残された時間は48時間です。
二つの予言が頭上にかかった匣のなかで、二人は生き延び、そのうえで謎を解くことを迫られます。
読者は、告げられた「四人」という数字と、目の前で起きた死とを、否応なく突き合わせてしまう位置に据えられます。予言を信じるかどうかとは別に、数字そのものが人々の振る舞いを縛りはじめるからです。
予言は一つでも重いのに、それが二つになった。誰が何を恐れ、どう動くのか。
橋の消えた山中で、残りの時間が刻まれはじめます。
読みどころ
題名の「匣」が示すのは、外への道を断たれ、予言の期限だけが残された場所です。
橋が一本きりという地形は、逃げ道をなくすと同時に、外から助けが来る見込みも断ち切ります。そこへ「二日」「四人」という具体的な数字が掛けられ、死の予告が時間割のように置かれる。
犯人を探す推理と、予言は成就するのかという問いが、同じ盤面の上に並ぶことになります。逃げ道のない地形と、期限つきの予言。
その二重の締めつけが、匣の内側の空気を張りつめさせます。
もうひとつ、シリーズ第2作ならではの点として、前作に続く葉村と比留子の組み合わせが、今度は班目機関の元研究施設という場所に足を踏み入れることが挙げられます。一行は外から訪れた者であり、施設の主は予言者です。
人里を離れた場所で、その主の言葉に囲まれながら、ミステリ愛好会の二人がどう立ち回るのか。その興味が、事件の緊張と並んで頁を先へ送ります。
ここでの予言は、48時間という期限と「四人」という人数に置き換えられ、登場人物の判断を左右する具体的な条件として働きます。怖さの出どころが、曖昧な気配ではなく数字にある——その乾いた不気味さが、この作品の読み味を決めています。
こんな人におすすめ
『屍人荘の殺人』でミステリ愛好会の二人に惹かれた読者には、その続きとして素直に薦められます。人数と期限があらかじめ示され、そのなかで謎を追う組み立てを好む人にも向いています。
逆に、予言や予知といった題材が物語に持ち込まれること自体に抵抗がある人は、その点を承知したうえで開くとよいでしょう。題材の不思議さと、謎解きの手順とが同居する読み味を楽しめる人のための作品です。
作品の背景
『魔眼の匣の殺人』は、2017年のデビュー作『屍人荘の殺人』の翌々年にあたる2019年に東京創元社から刊行された、〈剣崎比留子〉シリーズ(『屍人荘の殺人』シリーズとも呼ばれます)の第2作です。2020年版の「本格ミステリ・ベスト10」で2位、「このミステリーがすごい!」で3位、週刊文春のミステリーベスト10でも3位。
デビューから2作続けて、年末のランキングの上位に名を連ねたことになります。
手に取るなら
現在手に取るなら、創元推理文庫版です。解説は大山誠一郎が担当しています。
シリーズの累計部数は120万部に達しています。刊行順は『屍人荘の殺人』が先で、続く第3作が『兇人邸の殺人』です。
二人の歩みを順に追うなら、デビュー作から開くのが自然な道筋になります。橋が落ちたあとの二日間を、九人の一行とともに数えることになる一冊です。
今村昌弘について
今村昌弘は1985年、長崎県の生まれで、兵庫県で育ちました。岡山大学で放射線技術を学び、卒業後は診療放射線技師として働きながら小説を書き続け、29歳で職を離れて執筆に打ち込みます。
2017年、『屍人荘の殺人』で第27回鮎川哲也賞を受けてデビューし、同作は翌年に第18回本格ミステリ大賞[小説部門]も受けました。
その後は剣崎比留子を探偵役とするシリーズとして『魔眼の匣の殺人』『兇人邸の殺人』を書き継ぎ、シリーズの外でも、ジュブナイルとオカルトを取り込んだ『でぃすぺる』や、明智恭介を主役に据えた短編集『明智恭介の奔走』を発表しています。2021年にはテレビドラマ『ネメシス』に脚本協力として加わるなど、小説の外にも仕事を広げています。
書誌情報
今村昌弘をもっと読む
全作品一覧へ →似た読み味を、他の作家で
気分タグ・系譜の重なりから自動抽出。★は管理人が実読して太鼓判を押した本