ミステリーとしての読みどころ
クリスマス、雪の気配ただよう英国北部の街。その祝祭の空気のなかに、切断された人間の指がひとつ、またひとつと「展示」されていきます。
プレゼント用のマグカップの底、ミサの終わったばかりの教会、繁盛する精肉店の店先——本来なら人が集い、温もりの行き交うはずの場所ばかりに、それは無造作に、しかしどこか意図的に置かれている。『キュレーターの殺人』が読者に差し出すのは、そんな不穏で、美しくすらある悪意の光景です。
著者について
作者はM・W・クレイヴン。本作は、その代表シリーズである国家犯罪対策庁(NCA)の刑事ワシントン・ポーと分析官ティリー・ブラッドショウを主役とした連作の第3作にあたります。
原書は2020年に『The Curator』として発表され、日本では2022年に早川書房のハヤカワ・ミステリ文庫から東野さやか訳で刊行されました。シリーズは『ストーンサークルの殺人』『ブラックサマーの殺人』に続く本作を経て、『グレイラットの殺人』『ボタニストの殺人』へと連なっていきます。
そのなかでも本作の評判は際立っていて、「3作目で大化けした」と語られることの多い一冊。シリーズが本格的に高みへ届いた瞬間として、この巻の名を挙げる読者は少なくありません。
物語の舞台は、クリスマスシーズンの英国カンブリア州。冷たく澄んだ冬の空気のなかで、事件は静かに幕を開けます。
切断された人間の指が、街のあちこちで見つかりはじめるのです。ひとつはプレゼント用のマグカップのなか。
ひとつはミサのおこなわれた教会。そしてもうひとつは、精肉店の店内。
日常のなかへさりげなく紛れ込むように、それでいて発見されることを前提にしたかのように配置されたそれらは、まるで誰かの手で丁寧に並べられた展示品のようです。しかも、それぞれの現場には「#BSC6」という謎めいた文字列が残されている。
意味も、送り主も読み取れない、記号めいた一行。
捜査に乗り出すのは、国家犯罪対策庁(NCA)の刑事ワシントン・ポー。同庁のステファニー・フリン警部、そして分析官ティリー・ブラッドショウとともに、まずは三人の犠牲者の身元を明らかにしようと動きはじめます。
けれど確かな手がかりは乏しく、指という断片ばかりが先行して増えていく。指の数だけ犠牲者がいるのか、その指は誰のものなのか、本体はどこにあるのか——問いは答えを得るより早く、次から次へと立ち上がってきます。
そして刑事たちは、まだ知りません。この連続した出来事の背後に、彼らの想像を超える巨悪が潜んでいることを。
人はそれを「キュレーター」と呼びます。展示を差配する者、という名を負ったその存在の輪郭が、捜査の進むさきにうっすらと滲んでくる。
読者は、断片だけを握らされたポーたちのすぐ後ろから、同じ暗がりを覗き込むことになります。
読みどころ
本作の凄みは、猟奇的な事件設定と、緻密に組まれた推理の手続きが少しも矛盾せずに同居している点にあります。 指の「展示」というグロテスクな見せ場は、ともすれば刺激だけが上滑りしがちな題材です。
ところがクレイヴンは、その異様さを保ったまま、手がかりから論理的に真相へ迫っていく骨太な構造をきちんと敷いている。警察小説の手続きの重みと、本格ミステリの解けていく手ごたえ——その境界線の上で、両方の良さを引き出してみせます。
もうひとつの読みどころは、クリスマスのカンブリアという舞台そのものの効き方です。雪、冷気、教会の鐘、家族が身を寄せ合う季節のぬくもり。
その祝祭の情景と、街に散らばる指の異常さが、強烈なコントラストを描き出します。地方の空気を写し取るクレイヴンの筆はここでも冴えていて、美しい冬景色そのものが、じわりと不安の器になっていく。
ポーとティリーの凸凹コンビも、第3作にして呼吸の合い方が洗練され、シリーズ初期にはなかった阿吽の間合いを見せてくれます。
一方で、猟奇的な発端そのものが生理的に苦手という読者には、入り口で足がすくむかもしれません。とはいえ本作の狙いは、残酷さで殴ることではなく、その異様さを論理で解きほぐしていく知的な緊張にあります。
地に足のついた捜査の手触りを味わいたい人、事件の派手さと解ける面白さの両方を一冊で欲張りたい人にはうってつけ。逆に、あくまで穏やかで血の匂いのしないミステリを好む読者は、題材との距離を測ってから手に取るのがよいでしょう。
手に取るなら
入手はしやすく、ハヤカワ・ミステリ文庫(東野さやか訳)で読め、Kindle版も用意されています。シリーズの第3作にあたるため、『ストーンサークルの殺人』『ブラックサマーの殺人』と読み進めてきた方には、シリーズが絶頂へ届く瞬間として、とりわけ強くおすすめできます。
もちろん本作の鮮烈さに惹かれてここから入り、続く『グレイラットの殺人』『ボタニストの殺人』へ、あるいは最初の二作へと、ポーとティリーの旅を前後に広げていくのも楽しい読み方になるはずです。