現代国内 2024
血が沸騰した死体が出た。
刑事は今日が異動初日。
『バーニング・ダンサー』阿津川辰海

書評

バーニング・ダンサー

隕石が生んだ異能が当たり前の世界で、警視庁の新設班が挑む本格警察ミステリ

バーニング・ダンサー 表紙画像
阿津川辰海 KADOKAWA(単行本)2024年
目次

着任初日、絶句から始まります。捜査一課で“猟犬”と呼ばれた刑事が異動した先で、最初に挨拶してきたのは、姉妹そろって交通総務課から来たという二人でした。

阿津川辰海『バーニング・ダンサー』は、この寄せ集めの課に、全身の血液が沸騰した死体と炭化するほど燃やされた死体の報告が届くところから動き出す警察ミステリです。この課に集められた面々は、課の名が示すとおり、「コトダマ」と呼ばれる能力を持つ者たちです。

警察小説の形式に、異能という前提を持ち込んだ作品です。2024年にKADOKAWAから刊行され、「このミステリーがすごい!」の2025年版で国内8位に入った、〈コトダマ犯罪調査課〉の第1作です。

物語の入り口

永嶺スバルは、元捜査一課の刑事です。犯人を挙げるためなら違法捜査も厭わなかった。

その結果、捜査一課での職務を失い、異動になりました。異動先で迎えた初日、顔を合わせたのは、交通総務課から来たという仲良し姉妹、田舎の駐在所から来た好々爺、机の下に隠れて怯える女性、民間人を誤認逮捕しかけても悪びれない金髪男。

課長は三笠葵です。一線で走ってきた刑事が、この顔ぶれを前に言葉を失うのも、無理はありません。

着任早々、異様な事件の報告が入ります。全身の血液が沸騰した死体と、炭化するほど燃やされた死体。

永嶺は、相棒を失った心の傷が癒えないまま、この課の面々と捜査を始めることになります。部署の正式名称は「警視庁公安部公安第五課 コトダマ犯罪調査課」。

面々の共通点は、ある能力を保持していることです。読者は、着任初日の永嶺と同じ位置に立たされます。

部下の顔と名前を覚えるところから、始めなければなりません。

物語の軸にあるのは、大衆を煽動する殺人犯と、“猟犬”と呼ばれた元捜査一課刑事との対決です。違法捜査も厭わなかった永嶺は、寄せ集めの課の一員として、この犯人と向き合うことになります。

刑事の勘と足で走ってきた男が、能力という物差しを覚えるところから、この捜査は始まります。

読みどころ

この長編の読みどころは、異能という前提を置きながら、本格ミステリとしての手続きを一歩も崩していないところにあります。 能力のある世界で、能力のある人間が捜査をする。

そう聞くと、何でもありに思えます。しかし、この書き手は何でもありを許しません。

能力には厳しい制約が課され、手がかりはフェアに置かれる。前提をひとつ変え、あとは論理で押し切る。

その進め方が、ここでは警察の捜査という形式で走ります。

もうひとつは、警察小説としての骨格です。捜査一課を追われた男が、急ごしらえの部署で、部下の顔ぶれに面食らうところから始まる。

異能が当たり前の世界でも、警察は組織として動き、捜査は捜査として進みます。違法捜査も厭わなかった刑事が、寄せ集めの課の一員として、規則と組織のなかで捜査の手順を踏み直す。

その窮屈さが、警察小説としての手触りを生んでいます。

そして、対立の図式です。大衆を煽動する殺人犯と、猟犬——一対一の追跡ではなく、大衆という第三の要素が挟まっています。

犯人と刑事のあいだに、群衆という読みにくい要素が置かれている。この構図が、事件の見え方を、ひとつ広げています。

評価の高さは、年末ランキングの順位が示すとおりです。

作品の背景

『バーニング・ダンサー』は2024年7月26日にKADOKAWAから単行本で出て、376ページ。電子版も同じ日に配信されました。

著者にとって、KADOKAWAからの刊行はこれが初めてです。〈コトダマ犯罪調査課〉シリーズの第1作です。

「このミステリーがすごい!」の2025年版で国内8位、「ミステリが読みたい!」の同年版で12位、本格ミステリ・ベスト10の同年版で15位でした。

手に取るなら

KADOKAWAの単行本で376ページ、電子版もあります。特殊設定の本格が好きな人、警察小説の手続きを味わいたい人、凸凹の捜査チームものが好きな人に。

〈館四重奏〉とは別のシリーズですから、著者を初めて読む人はここから入っても困りません。第2作『デッドマンズ・チェア』が2026年3月に出ていますから、気に入ったら続けて読めます。

交通総務課から来た姉妹と、猟犬と、二つの死体——この顔合わせに絶句するところから、読み始めてください。

阿津川辰海について

阿津川辰海は1994年、東京都に生まれました。東京大学法学部に在学中は文芸サークル「新月お茶の会」に所属し、光文社の新人発掘企画〈カッパ・ツー〉の第一期に選ばれて、2017年に『名探偵は嘘をつかない』でデビューしています。

『紅蓮館の殺人』に始まる〈館四重奏〉や、短編集『透明人間は密室に潜む』『入れ子細工の夜』など、特殊な設定や極限の状況を持ち込み、その上で論理を組み立てる本格ミステリを書き継いできました。『透明人間は密室に潜む』は『本格ミステリ・ベスト10』2021年版で国内1位となり、2023年には『阿津川辰海 読書日記 かくしてミステリー作家は語る〈新鋭奮闘編〉』で第23回本格ミステリ大賞の評論・研究部門を受けています。

書誌情報

出版社
KADOKAWA / 単行本
刊行年
2024
ISBN-13
9784041141779
系譜
現代国内 / 特殊設定本格 · 警察手続き
受賞歴

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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