戦後昭和国内 2014
戦後生まれの男に、
東京大空襲の記憶がある。
『女王』連城三紀彦

書評

女王

戦後生まれの男が持つ東京大空襲の記憶。祖父の不審死を追う筋と邪馬台国の筋を行き来する長編。

目次

自分が生まれる前の夜を、覚えている。荻葉史郎という男が抱えているのは、そういう種類の記憶です。

焼夷弾が降り注いだ東京大空襲の夜。戦後生まれの彼が持っているはずのない光景が、頭のなかにあります。

連城三紀彦『女王』は、この記憶から始まって、祖父の不審な死と、『魏志倭人伝』に秘められた邪馬台国の謎へ届く物語です。単行本は2014年10月、著者の没後およそ一年後に講談社から刊行されました。

四六判で五百三十四ページ。「このミステリーがすごい!」2015年版で国内9位に入っています。

物語の入り口

史郎の記憶は、本人にも説明がつきません。生まれる前の夜の光景が、なぜ自分の頭にあるのか。

史郎はその話を、精神科医の瓜木に打ち明けます。奇妙なのは、聞かされた側の反応でした。

瓜木は、話を聞くうちに思い出してしまうのです。空襲のさなか、自分はたしかにこの男と会っていた、と。

患者の記憶と医師の記憶が、あるはずのない一点で重なります。

そこへ、もうひとつの出来事が重なります。史郎の祖父・祇介が、大晦日の夜にかかってきた一本の電話を受けて、急に旅へ出ました。

そして、遺体となって発見されます。祇介は、邪馬台国研究に生涯を捧げた古代史研究家でした。

その祇介が吉野へ向かい、若狭で死んだのはなぜなのか。誰からの電話だったのか。

なぜ年の瀬に出かけねばならなかったのか。瓜木は史郎と、その妻である加奈子とともに、奇妙な記憶と不審な死の真相を探り始めます。

読み手は、瓜木の隣で二つの話を聞く位置に置かれます。ひとつは持っているはずのない記憶の話、もうひとつは年の瀬の不審な死の話です。

現代の不審死を追う筋と、『魏志倭人伝』や邪馬台国という古代史へ分け入る筋。この二本を行き来する構成で、物語は五百ページを超える道のりを進んでいきます。

戦後生まれの男の頭にある東京大空襲の夜と、邪馬台国を追い続けた老研究家が吉野から若狭へたどった最後の旅。時代も土地も離れた二つの謎を、瓜木たちは同時に抱えたまま歩き出します。

読みどころ

本作の核にあるのは、個人の記憶、一族の歴史、古代史という三つの時間を、一本の物語に束ねようとする構想の大きさです。 限られた人数の心の動きを書いてきた作家が、ここでは戦中から古代へ、時間の物差しを大きく持ち替えています。

五百三十四ページという厚みは、その持ち替えに必要な長さでした。記憶の話、死の話、二千年近く前の話という、縮尺の違う三つの地図を同じ机に広げて読むような読書になります。

もうひとつは、素材の贅沢さです。邪馬台国と『魏志倭人伝』は、日本の古代史でもっとも多くの人が一度は心を動かされた題材でしょう。

その題材を、祖父の不審死を追う筋と行き来しながら使っていく。ただ、正直に伝えておくべきでしょう。

歴史の記述に興味がなければ、中盤で足が止まるかもしれません。事件を追う速度を求めて手に取ると、ずいぶん違うものを読まされている気分になる場面もあるはずです。

逆に、邪馬台国論争や『魏志倭人伝』の解釈に一度でも心を動かされたことがある読者なら、これほど贅沢な素材の使い方はそうそう見つかりません。読み手を選ぶ作品であることは確かです。

けれども、選ばれた側の読者にとっては、連城三紀彦の書いたもののなかで、もっとも遠くまで連れていかれる一冊になります。

作品の背景

単行本が講談社から刊行されたのは2014年10月、著者の没後およそ一年後のことでした。この年は3月に短編集『小さな異邦人』が文藝春秋から、同じ10月に『処刑までの十章』が光文社から出ており、没後の新刊が相次いでいます。

そのなかで本作は「このミステリーがすごい!」2015年版で国内9位を占めました。同じ年版では『小さな異邦人』が国内4位に入っており、没後に出た二冊がそろって上位に並んだことになります。

週刊文春ミステリーベスト10では、2014年の国内15位でした。2017年10月には文庫化されています。

手に取るなら

現行版は講談社文庫の上下巻です。下巻の巻末には「最後のインタビュー『わが人生最高の10冊』」が特別収録されており、作家の最後の言葉を文庫で読むことができます。

まずは上巻だけを手に取って、記憶と死のふたつの謎がどこへ向かうのかを確かめるのがよいでしょう。連城の短編や『人間動物園』のような長編から入った読者には、同じ書き手が最後に広げた地図の大きさを確かめる一冊です。

空襲の夜の記憶と、大晦日の電話。二つの入り口は、どちらも上巻の最初の数十ページに置かれています。

連城三紀彦について

連城三紀彦は1948年、名古屋市の生まれです。本名は加藤甚吾で、早稲田大学政治経済学部を卒業しています。

短編「変調二人羽織」が第3回幻影城新人賞に入選し、同作が『幻影城』1978年1月号に載って世に出ました。1981年に「戻り川心中」で第34回日本推理作家協会賞(短編部門)、1984年には『宵待草夜情』で第5回吉川英治文学新人賞、『恋文』で第91回直木賞を受けています。

大胆な仕掛けと叙情の濃い文章を一つの作品のなかに同居させる作風で知られ、ミステリの技法を心の機微の描写に生かした恋愛小説でも評価を得ました。直木賞のあとは大衆小説に軸足を移しながら、誘拐ものや心理劇などのミステリも書き続けました。

1987年に得度した真宗大谷派の僧侶でもありました。1996年には『隠れ菊』で柴田錬三郎賞を受けています。

2013年10月に65歳で亡くなり、翌年、日本ミステリー文学大賞特別賞が贈られました。

書誌情報

出版社
講談社
刊行年
2014
ISBN-13
9784062937306
系譜
戦後昭和国内
受賞歴

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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