だが子供は全員家にいる。
小さな異邦人
子どもを預かったと電話が来たのに、家には全員そろっている。奇想の表題作を含む最後の短篇集。
子どもの命を預かった、三千万円を用意しろ。電話口の声が告げるのは、誘拐事件のもっとも典型的な要求です。
ところが電話を受けた家には、高校二年生から三歳児まで、八人の子どもが全員そろっていました。では、さらわれたというのはどの子なのか。
連城三紀彦『小さな異邦人』の表題作は、この問いから始まります。2014年に文藝春秋から出た、おそらく著者の最後のオリジナル短篇集にあたる一冊です。
刊行の年の週刊文春ミステリーベスト10で国内4位、翌年版の「このミステリーがすごい!」でも国内4位に選ばれました。
物語の入り口
八人の子どもと母親からなる家族のもとへ、一本の脅迫電話がかかってきます。電話の声は子どもの命を預かったと言い、三千万円を求めます。
ところが、家の中には子どもが全員そろっていました。上は高校二年生、下は三歳児。
それでも電話の主は、子どもの命を預かっていると言う。身代金の額まで告げられているのに、人質の姿だけがどこにも見当たらないのです。
一家は、起こりえないはずの誘拐の当事者にされてしまいます。
収録は八篇。「指飾り」「無人駅」「蘭が枯れるまで」「冬薔薇」「風の誤算」「白雨」「さい涯てまで」、そして「小さな異邦人」です。
題材は、誘拐から交換殺人、タイムリミット・サスペンス、そして妖しい恋愛にまで及びます。ひとつの型を八回繰り返すのではなく、一篇ごとに手つきを変えてくる編み方です。
誘拐ものの張りつめた空気から、恋愛の湿った感触まで、扱う感情の幅がそのまま作品の幅になっています。
読者は、題名と題材の幅だけを手に、八つの扉の前に立たされます。順番どおりに読んでも、目次で気になった題名から入っても構いません。
表題作は最後に置かれています。電話の一本目を先に読むか、七つの扉を開けてから辿り着くか。
どちらの読み方も、この短篇集は受け止めてくれます。
読みどころ
粒がそろっているというより、粒ごとに味が違う——この短篇集の読み心地は、そう言うのが近いはずです。 一篇を読み終えて本を閉じたとき、次の一篇がまるで別の作家の手によるように見える瞬間があります。
それでいて、どの篇にも共通して流れているものがあります。人が人に対して抱く感情が、事件の形をとって外に出てくる。
その筋道の作り方が、連城の場合はいつも一手ぶん深いのです。奇想と人情が別々に置かれていないところが、この書き手の強みでした。
もうひとつは、短篇という器で締めくくられていることです。新人賞も協会賞も短篇で得た書き手が、最後に遺したのもまた短篇の束でした。
八篇はいずれも、一篇の長さのなかで事件と感情を結びつける書き方で組まれていて、晩年の仕事であることを意識せずに読めます。
短篇集としてのまとまりを求めて開くと、題材の振れ幅が散漫に映るかもしれません。誘拐から恋愛までを一冊に収めた、幅のある編み方です。
一篇ごとに気分を切り替えながら読むほうが、この本には合っています。
表題作の設定も、誘拐ものの型を知っている人ほど足が止まるものです。脅迫の文句も身代金の額も型どおりに告げられるのに、家には子どもが全員いる。
その食い違いを抱えた一篇が、八篇の最後に控えています。
こんな人におすすめ
誘拐や脅迫電話といった犯罪小説の定型が好きな人、短い分量のなかで事件と人の感情が結びつく話を読みたい人に向いています。「戻り川心中」で連城三紀彦の短篇に触れた人が、最後のオリジナル短篇集として手に取るのにも合います。
ありえない状況から始まる謎が好きな人にとっては、表題作の導入がそのまま入口になります。
作品の背景
『小さな異邦人』の単行本が文藝春秋から出たのは2014年3月10日。著者が2013年10月に世を去ってから、五か月ほどのちのことでした。
おそらく最後のオリジナル短篇集にあたります。刊行の年の週刊文春ミステリーベスト10では国内部門の4位、翌年版の「このミステリーがすごい!」でも国内4位に入りました。
2016年8月には文春文庫に入り、解説は香山二三郎が書いています。
手に取るなら
いま手に取るなら、文春文庫版(2016年8月)です。電子書籍でも読めます。
収められた八篇はそれぞれ独立していて、一篇ごとに区切って読めます。長編に取りかかる気力がないときでも、この本なら開けます。
連城三紀彦をまだ読んだことがない読者にとっても、短篇のほうが持ち味に触れやすい入口になるはずです。
連城三紀彦について
連城三紀彦は1948年、名古屋市の生まれです。本名は加藤甚吾で、早稲田大学政治経済学部を卒業しています。
短編「変調二人羽織」が第3回幻影城新人賞に入選し、同作が『幻影城』1978年1月号に載って世に出ました。1981年に「戻り川心中」で第34回日本推理作家協会賞(短編部門)、1984年には『宵待草夜情』で第5回吉川英治文学新人賞、『恋文』で第91回直木賞を受けています。
大胆な仕掛けと叙情の濃い文章を一つの作品のなかに同居させる作風で知られ、ミステリの技法を心の機微の描写に生かした恋愛小説でも評価を得ました。直木賞のあとは大衆小説に軸足を移しながら、誘拐ものや心理劇などのミステリも書き続けました。
1987年に得度した真宗大谷派の僧侶でもありました。1996年には『隠れ菊』で柴田錬三郎賞を受けています。
2013年10月に65歳で亡くなり、翌年、日本ミステリー文学大賞特別賞が贈られました。
書誌情報
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