現代国内 2021
犯人は最初からわかっている。
どう暴かれるかが謎。
『invert 城塚翡翠倒叙集』相沢沙呼

書評

invert 城塚翡翠倒叙集

『medium』続編、城塚翡翠シリーズ初の倒叙集。読者への挑戦付きの3編を収めた中編集。

invert 城塚翡翠倒叙集 表紙画像
相沢沙呼 講談社(講談社文庫)2021年
目次

計画は綿密でした。アリバイは鉄壁に組まれ、殺人は滞りなく終わり、事件は事故として処理されようとしている。

あとは時間が過ぎるのを待つだけ——そう思った犯人の前に、死者の声を聴くという美しい女性が姿を見せます。相沢沙呼『invert 城塚翡翠倒叙集』は、どの編もこの場面から動き出します。

犯人の側から犯行を見届け、そのあとで探偵の到来を迎える倒叙ミステリの中編集です。

物語の入り口

収録は三編です。「雲上の晴れ間」「泡沫の審判」「信用ならない目撃者」。

犯人たちの顔ぶれは、ITエンジニア、小学校教師、そして人を殺すことを厭わない「犯罪界のナポレオン」です。職業の時点で、すでに顔ぶれはばらばらです。

机に向かう技術者と、教室に立つ教師と、名前からして物騒な悪党。倒叙の形をとる三つの編は、この三人それぞれの側から犯行を書き起こしていきます。

どの編も、入り口の作りは共通しています。犯人たちは計画を練り、実行し、成し遂げる。

アリバイは崩れようがなく、計画には隙がない。事件は事故として片づけられる、はずでした。

読者は最初から犯人の肩越しに犯行を眺め、誰が何をしたのかを知ったうえで頁を繰っていきます。謎は「誰が」ではありません。

この完璧に見える計画が、どこから崩されうるのか。関心はそこへ向かいます。

そこへ現れるのが城塚翡翠です。死者の声を聴くという霊媒で、すべてを見通す目を持つ女性です。

犯人たちは最初、高をくくります。大丈夫、霊能力なんかで自分が捕まるはずはない——。

完璧なはずの計画の持ち主と、霊媒を名乗る探偵が向き合う。勝負が本当に始まるのは、この対面からです。

倒叙という形式では、読者が知っている事実と、探偵が知っている事実とのあいだに、はじめから差があります。犯人の視点で描かれる本書では、読者は犯人と同じ秘密を抱えたまま、探偵の一挙一動を見ることになる。

探偵の側に立って謎を追うのではなく、追われる側の緊張を分け持ちながら読み進める——倒叙ならではの居心地の悪さです。三つの編のどれもが、この同じ緊張の上に組み立てられています。

読みどころ

題名が示すのは、逆さにする、ひっくり返すという英語の動詞、invert です。

英語で inverted detective story といえば、倒叙推理小説のことです。犯人を先に明かし、探偵がそこへ迫る過程を描く。

謎解き小説の手順を逆さに並べた形式を、題名そのものが名乗っているわけです。犯人たちはそれぞれに知恵を尽くし、その計画の精度が高いほど、探偵がどこに目をつけるのかという興味も増していきます。

ITエンジニアと小学校教師という身近な職業の隣に、「犯罪界のナポレオン」という大仰な呼び名が並ぶ。その振れ幅が、この中編集の顔ぶれの幅でもあります。

もうひとつは、読む側に課される問いの形です。倒叙では、犯人が誰かを当てる楽しみは最初から手放されています。

代わりに残るのは、探偵の推理そのものを推理できるか、という問いです。探偵が何を見て、どう考え、どこに目をつけるのか。

その道筋を先回りして読めるかどうかが、読む側に託されます。中編という長さは、一つの計画を組み上げ、それが探偵の目と向き合っていく過程を描くのに十分な厚みを持っています。

こんな人におすすめ

犯人の側から犯行を見届け、探偵との知恵比べを味わう倒叙の形式が好きな読者には、三度その醍醐味を味わえる作品です。探偵より先に、その推理の筋道を自分で組み立ててみたい人にも向いています。

反対に、犯人の正体を最後に明かす型の謎解きだけを求める人には、形式そのものが合わないかもしれません。

作品の背景

本書は2021年に講談社から刊行された、城塚翡翠シリーズの第2作です。2019年の第1作『medium 霊媒探偵城塚翡翠』が評判を呼んだあとに出た続編で、発売後すぐに重版がかかり、部数は10万部に達しました。

年末のランキングでは、「このミステリーがすごい!」2022年版で国内編6位、『本格ミステリ・ベスト10』2022年版で国内9位に入っています。

手に取るなら

2023年11月に講談社文庫に入り、現在は文庫で読めます。本書には第1作『medium 霊媒探偵城塚翡翠』の結末に触れる記述があります。

シリーズを初めて読むなら、刊行順に『medium』から入るのが望ましいでしょう。続く第3作に『invert II 覗き窓の死角』があります。

犯人たちが組み上げた完璧な計画と、そこへ現れる霊媒探偵。探偵の推理を推理するという挑戦に、正面から応じてみてください。

相沢沙呼について

相沢沙呼は1983年、埼玉県の生まれです。2009年、凄腕のマジシャンでもある同級生の少女・酉乃初が学内の謎を解く『午前零時のサンドリヨン』で第19回鮎川哲也賞を受け、デビューしました。

作中のマジックは作者自身もたしなむもので、贈呈式では実演もしてみせています。

その後もマツリカシリーズなど学校を舞台にした青春ミステリを書き継ぎ、『マツリカ・マトリョシカ』は第18回本格ミステリ大賞の候補に挙がりました。2019年の『medium 霊媒探偵城塚翡翠』は「このミステリーがすごい!」2020年版と『本格ミステリ・ベスト10』2020年版でともに国内1位となり、第20回本格ミステリ大賞の小説部門も受けています。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社文庫
刊行年
2021
ISBN-13
9784065337899
系譜
現代国内 / 連作短編 · シリーズ探偵物

相沢沙呼をもっと読む

全作品一覧へ →

似た読み味を、他の作家で

気分タグ・系譜の重なりから自動抽出。★は管理人が実読して太鼓判を押した本

この本が登場する特集

この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

プロフィールを見る →