現代国内 2017
開かずの部屋で殺人?
死体役はトルソー。
『マツリカ・マトリョシカ』相沢沙呼

書評

マツリカ・マトリョシカ

学校の怪談を追う高校生が、二重の密室という謎に行き着く学園本格。

マツリカ・マトリョシカ 表紙画像
相沢沙呼 KADOKAWA(角川文庫)2017年
目次

第2作『マツリカ・マハリタ』の刊行から、4年が過ぎていました。2017年8月、相沢沙呼はマツリカシリーズの第3作『マツリカ・マトリョシカ』を KADOKAWA から送り出します。

のちに第20回本格ミステリ大賞を受ける『medium 霊媒探偵城塚翡翠』の、2年前のことです。学校の怪談を調べる高校生が、トルソーを死体に見立てた奇妙な事件と、二重の密室に行き当たる。

翌2018年には、第18回本格ミステリ大賞小説部門の候補に選ばれた学園本格です。

物語の入り口

語り手は、高校生の柴山祐希です。シリーズの第1作では、クラスに居場所を持てず、「柴犬」と呼ばれて使い走り扱いされていた少年でした。

そんな彼が、学校の近くの廃墟に住む女子高生マツリカに命じられ、学校に流れる噂を調べて歩く。それがこのシリーズの基本の構えです。

噂の出どころを訪ね、話を聞き、確かめる。命じられて動く——その受け身の出発点が、このシリーズの語り口の土台になっています。

気の弱い少年の足取りが、そのまま物語を運んでいきます。

第3作でも、物語の糸口は学校の怪談です。柴山が調べているのは、『顔の染み女』という名の怪談。

ところがその調べものの途中で、別の噂が彼の耳に入ります。『開かずの扉の胡蝶さん』——開かないはずの扉と、胡蝶という優美な名前を組み合わせた、どこか芝居がかった響きの噂です。

一つの怪談を追っていたはずが、もう一つの怪談へと道がつながっていきます。

そして、その部屋で事件が起こります。トルソーを死体に見立てた、殺人(?)事件です。

人の形をした胴体だけの人形と、開かずの扉の噂——学校の片隅に、日常とは明らかに手ざわりの違うものが持ち込まれた瞬間でもあります。

事件に向き合うのは、クラスメイトと柴山です。噂を追ってきた語り手も、謎に迫る側の一人です。

二人の前に立ちはだかるのは、二重の密室。噂を追って歩いていた少年が、閉ざされた部屋の論理と向き合う側に回るわけです。

読者は、怪談を追ってきた少年の歩幅のまま、事件の起きた部屋の前まで連れてこられることになります。

読みどころ

本作の醍醐味は、学校の怪談という柔らかな入り口から、二重の密室へと踏み込んでいく落差にあります。

噂話は、もともと輪郭のぼやけたものです。誰が言い出したのかもわからず、聞く人ごとに少しずつ形を変える。

ところがこの作品では、その噂の先に、閉ざされた部屋という、きわめて輪郭のはっきりした謎が置かれています。ぼんやりとした怪談の気配と、論理で解かれるべき密室。

質感のまるで違う二つが一本の筋の上に並んでいるところに、この学園本格の面白さがあります。

もうひとつは、青春小説の衣をまといながら、謎解きの骨組みを少しも手放していないところです。語り手の気弱さや学校生活の空気を味わいながら、同時に密室の論理にも向き合える。

二つの読み方がどちらも手放されていない点が、シリーズ3作目の強みです。

そして、謎を運ぶのが気弱な少年であることも見逃せません。使い走りのように噂を追ってきた語り手の目線で、事件が眺められていく。

その頼りなさが、かえって閉ざされた部屋の不気味さを引き立てます。シリーズを順に読んできた人には、その語りの声になじんだぶんだけ、事件の異様さもまた際立って見えるでしょう。

こんな人におすすめ

学園ものの軽やかさだけを求めて開くと、密室の謎の比重に驚くかもしれません。逆に、本格の謎解きだけを求める人には、語り手の揺れる心や学校の人間関係が遠回りに映る場面もあるでしょう。

それでも、怪談の気配と密室の論理が同じ紙面に並ぶ読み心地を楽しめる人には、手応えのある作品です。

作品の背景

マツリカシリーズは、2012年3月の『マツリカ・マジョルカ』に始まり、2013年8月の『マツリカ・マハリタ』(ともに角川書店)へと続きました。第3作にあたる『マツリカ・マトリョシカ』は、2017年8月に単行本で刊行され、2018年5月に第18回本格ミステリ大賞小説部門の候補作となります。

のちの受賞に先立って、相沢沙呼の謎解きが同じ賞の舞台に上がっていたことになります。

手に取るなら

いま手に取るなら、角川文庫版です。2020年3月の刊行で、約400ページ。

シリーズの第3作にあたるので、語り手とマツリカの関係を知ったうえで読むなら、第1作『マツリカ・マジョルカ』、第2作『マツリカ・マハリタ』と刊行順にたどるのが確かです。噂を追って歩く気弱な少年の足取りに、閉ざされた部屋の前までつきあってみてください。

相沢沙呼について

相沢沙呼は1983年、埼玉県の生まれです。2009年、凄腕のマジシャンでもある同級生の少女・酉乃初が学内の謎を解く『午前零時のサンドリヨン』で第19回鮎川哲也賞を受け、デビューしました。

作中のマジックは作者自身もたしなむもので、贈呈式では実演もしてみせています。

その後もマツリカシリーズなど学校を舞台にした青春ミステリを書き継ぎ、『マツリカ・マトリョシカ』は第18回本格ミステリ大賞の候補に挙がりました。2019年の『medium 霊媒探偵城塚翡翠』は「このミステリーがすごい!」2020年版と『本格ミステリ・ベスト10』2020年版でともに国内1位となり、第20回本格ミステリ大賞の小説部門も受けています。

書誌情報

出版社
KADOKAWA / 角川文庫
刊行年
2017
ISBN-13
9784041090039
系譜
現代国内
受賞歴

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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