現代国内 2022
犯人は最初からわかっている。
なのに、探偵が泣いている。
『invert II 覗き窓の死角』相沢沙呼

書評

invert II 覗き窓の死角

城塚翡翠倒叙集第二弾。表題作はシリーズ初の長編規模、密度を増した倒叙ミステリ。

invert II 覗き窓の死角 表紙画像
相沢沙呼 講談社(講談社タイガ)2022年
目次

犯人が最初からわかっている推理小説で、読む側はいったい何を推理するのでしょうか。相沢沙呼『invert II 覗き窓の死角』は、その問いにもう一度向き合う作品です。

推理の的になるのは、探偵の推理そのものです。犯行は犯人の視点から描かれ、そのあとに探偵がやって来る。

城塚翡翠シリーズの第3作にあたり、倒叙の形を取る二冊目の作品集です。

物語の入り口

本書に収められているのは二編です。中編「生者の言伝」と、表題作の「覗き窓の死角」。

表題作は、シリーズで初めて長編と呼べる規模にまで膨らんだ作品です。短めの器と大きな器——長さの違う二つの作品が、一冊のなかに並びます。

本書で犯行に手を染めるのは二人です。一人は、嵐の山荘に潜む若き犯罪者。

もう一人は、友人をアリバイ証人に仕立て上げる写真家。片や荒れた天候の下の山荘、片や友情を道具に変えてしまう冷たい段取り。

二人の置かれた景色は、互いにずいぶん離れています。それでも、どちらも巧妙なトリックを仕掛け、自分の犯行を覆い隠そうとする点では変わりません。

友人を証人に仕立てるという一行には、人間関係そのものを計画の部品として扱う犯人の姿がのぞきます。

倒叙ですから、読者は犯人がどう動いたかを先に見届けます。計画の組み立ても、実行の手順も、犯人と一緒に目にしていく。

そのうえで、この犯人たちの前に一人の探偵が現れます。霊感によって視えないものを視るという美しい娘、城塚翡翠です。

犯人たちが仕掛けた巧妙なトリックに、翡翠は正面から対していきます。視えないものを視るという探偵と、手順を尽くして犯行を組み上げた犯人。

その取り合わせ自体に、すでに緊張が走っています。そのさなか、挑むような表情を見せる翡翠の目に、涙が浮かびます。

倒叙の緊張のただなかに、その涙がぽつりと置かれています。

読みどころ

本書の核にあるのは、倒叙という形式を、これまでより大きな規模で描こうとする試みです。

探偵の推理を推理する、という遊びは本書でも変わりません。犯人が誰かは初めから明らかで、読む側に託されるのは、探偵がどこを見て、どう考えるのかを先回りできるかどうか。

器は大きくなりました。二編のうち表題作は、犯人と探偵との対峙を、シリーズでいちばん長い分量をかけて描き切ります。

犯人の計画を組み立てる側の時間も、探偵がそこへ対していく側の時間も、中編より長く取られている。犯人の側に長く付き合うぶん、読む側が抱える秘密の重さも増していく——倒叙の緊張を、長い呼吸のなかで試した作品です。

もうひとつは、映像化の縁です。収録作のうち「生者の言伝」は、日本テレビ系の日曜ドラマ枠で映像化されました。

題名の invert は、逆さにする、ひっくり返すという英語の動詞で、inverted detective story といえば倒叙推理小説のことです。シリーズ累計80万部という数字とあわせて、城塚翡翠という探偵が紙の上を越えて広く読まれ、観られていることがわかります。

こんな人におすすめ

前作の倒叙集を読み終え、城塚翡翠と犯人たちとの対峙をもっと読みたいと感じた読者には、その続きがここにあります。とりわけ、大きな分量の倒叙に腰を据えて付き合いたい人に向いています。

犯人の計画をじっくり見届けたうえで、探偵の着眼を先回りしようと試みる。そういう読み方を楽しめる人ほど、表題作の厚みが効いてくるはずです。

一方で、犯人探しの興味を最後まで引っぱる型の謎解きを求める人には、形式の好みが分かれるかもしれません。

作品の背景

2019年の『medium 霊媒探偵城塚翡翠』で、相沢沙呼は第20回本格ミステリ大賞の小説部門を受けました。同作はミステリランキングで5冠を獲り、「このミステリーがすごい!」2020年版でも国内1位に選ばれています。

2021年の第2作『invert 城塚翡翠倒叙集』は、発売するとすぐに重版がかかり、10万部を数えました。そして2022年、講談社タイガから刊行されたのが本書です。

刊行時点でシリーズ累計は80万部を超えていました。本格ミステリ大賞に届いたあとに相沢沙呼が書き継いでいるのが、この城塚翡翠のシリーズです。

手に取るなら

講談社タイガから刊行されています。前作『invert 城塚翡翠倒叙集』からの続きとして読むのが望ましく、シリーズそのものが初めてなら、第1作『medium 霊媒探偵城塚翡翠』から刊行順に読んでいくのがよいでしょう。

嵐の山荘と、アリバイを仕立てる写真家。二人の犯人の仕掛けに、霊感で視えないものを視るという探偵が対する、シリーズ第3作です。

相沢沙呼について

相沢沙呼は1983年、埼玉県の生まれです。2009年、凄腕のマジシャンでもある同級生の少女・酉乃初が学内の謎を解く『午前零時のサンドリヨン』で第19回鮎川哲也賞を受け、デビューしました。

作中のマジックは作者自身もたしなむもので、贈呈式では実演もしてみせています。

その後もマツリカシリーズなど学校を舞台にした青春ミステリを書き継ぎ、『マツリカ・マトリョシカ』は第18回本格ミステリ大賞の候補に挙がりました。2019年の『medium 霊媒探偵城塚翡翠』は「このミステリーがすごい!」2020年版と『本格ミステリ・ベスト10』2020年版でともに国内1位となり、第20回本格ミステリ大賞の小説部門も受けています。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社タイガ
刊行年
2022
系譜
現代国内 / 連作短編 · シリーズ探偵物

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リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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