言わしめた短編集。
招かれざる客たちのビュッフェ
ブランドの多重解決を短編で凝縮。コックリル警部短編4編を含む英国黄金期女流の至芸。
一冊のなかに、十六の小さな謎が並びます。すました犯罪小品もあれば、名探偵が登場する重厚な本格物もある。
クリスチアナ・ブランドが生涯にわたって書き継いだ短編から選り抜かれた逸品を、品書きを繰るようにして味わっていける——それが『招かれざる客たちのビュッフェ』という一冊です。
物語の入り口
十六編は、五部構成のメニュー仕立てで供されます。招かれた席に一皿ずつ趣きの異なる料理が運ばれてくるように、色合いの違う短編が代わる代わる続いていく。
その顔ぶれの一つが、コックリル警部が登場する重厚な本格物「婚姻飛翔」です。長編でおなじみの老警部が、短い紙幅のなかで謎と向き合う。
もう一つの目玉が「ジェミニー・クリケット事件」で、スリルに満ちた謎解きゲームの顛末を描く名作として知られ、日本の本格短編を語るうえで幾度も引き合いに出されてきた一編です。そして「この家に祝福あれ」は、あまりにもブラックなクリスマス・ストーリー。
聖夜の彩りのなかへあえてこの漆黒を持ち込んでみせるあたりに、ブランドという書き手の一筋縄ではいかない気性がのぞきます。正統な本格パズラーから皮肉のきいた犯罪小品まで、一冊のなかで振れ幅の大きな品が入れ替わり立ち替わり出てくるので、どの皿から箸をつけても、その一編ごとに違う手触りの驚きが待っています。
招かれざる客たちのために整えられた食卓、という洒落た題そのままに、供される謎はどれも一筋縄ではいきません。行儀よく最後の一皿まで付き合うつもりでいると、いつのまにか作者の掌の上に座らされている——そんな心づもりで席に着くのがちょうどよいでしょう。
読みどころ
本書いちばんの魅力は、ブランドの長編が持つ「真相がもう一段降りるたびに景色が変わる」感触を、短編の窮屈な枠のなかへ凝縮してみせたところにあります。 物理的な大仕掛けよりも、同じ手掛かりの読み替えによって犯人像や動機がくるりと表情を変える——そうした方向の趣向が持ち味で、密室の技巧とはまた別の、本格ならではの驚きに渇いた読者の喉をよく潤してくれます。
短い枚数のなかで伏線を張り、回収し、なおもう一段ひねりを利かせる。長編一本ぶんの企みを掌のうえに畳み込む手際は、ブランドが本格の書き手としていかに練達だったかを、あらためて教えてくれます。
読み手は、供された料理の仕込みを厨房越しにのぞいてしまったような心地に置かれる。してやられたと知りつつ、それでも次の皿へ手が伸びてしまう。
そんな位置に、いつのまにか立たされているのです。
こんな人におすすめ
短編集の常として、粒の揃いには多少の差があります。長い助走を経てじっくり深みへ沈んでいく長編の読み心地を求める向きには、一編ごとに幕が下りるこの選集のテンポは、あるいは物足りなく映るかもしれません。
それでも、ブランドの本格世界を一冊で見晴らしたい人、通勤のあいだや眠る前のひととき、確かな謎解きを一編ずつ摘まみたい人にとって、これほど手軽で贅沢な選集はそうそうありません。一編ごとに味わいが変わるので、途中で飽きて手が止まってしまうこともまずないはずです。
ブランド入門の一冊としても、長く座右に置く一冊としても、しっかり応えてくれます。
作品の背景
本書に収められているのは、ブランドの短編から選り抜かれた十六編です。原書は1983年、米国サザン・イリノイ大学出版局の叢書の一冊として世に出ました。
編者はフランシス・M・ネヴィンズとマーティン・H・グリーンバーグ。巻頭にはロバート・E・ブライニーによる序文「クリスチアナ・ブランドの世界」が、巻末には同じ手になる書誌が添えられ、一冊で作家の全体像を見晴らせる構えになっています。
手に取るなら
手に取るなら、深町眞理子の訳による創元推理文庫版です。深町眞理子はドイル『シャーロック・ホームズの冒険』やクリスティ『ABC殺人事件』、ジャクスン『くじ』などで知られる英米文学翻訳家で、その端正な日本語がブランド一流の辛辣な筆致をよく伝えます。
巻末には北村薫による解説を収録。作家の初野晴は本書に「この絶対零度の筆致は憧れです。人には貸さない自分だけの本」という讃辞を寄せています。
『このミステリーがすごい!』でも1991年版の海外編で五位、1998年版の過去十年ベスト20では三位と、時を経てむしろ評価を高めてきた一冊です。ブランドの至芸を味わう入口として、まずはここから開いてみてください。
クリスチアナ・ブランドについて
クリスチアナ・ブランド(1907〜1988)は、当時英領だったマラヤ生まれのイギリスの作家です。幼少期をマラヤとインドで過ごしましたが、父が財産を失ったため17歳で学業を離れ、家庭教師や売り子、ダンサー、モデルなど多くの職を転々としました。
売り子時代に書いた『ハイヒールの死』が1941年に刊行され、作家としての道が開けます。
同じ1941年の長編で初登場したケント州警察のコックリル警部は、長編7作で活躍する看板探偵となり、1944年の『緑は危険』は1946年に映画化されました。1972年から翌年にかけて英国推理作家協会(CWA)の会長を務め、エドガー賞の候補にも3度挙がっています。
児童書「ナース・マチルダ」シリーズの作者でもあり、同作は映画『ナニー・マクフィーの魔法のステッキ』の原作になりました。
書誌情報
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